京都御所 参の巻
06/09(Fri) 16:04|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
昨日、東京の取引先の人から電話で「京都はお天気どうですか」と尋ねられ、近畿地方も梅雨に入り、昼間は半袖、夜は長袖と体調管理が難しいです
プレミアムフライデー。OL時代は花の金曜日と、仕事を終えて家とは反対方向へ足が向き、先輩たちから「橋の向こうでよく見かける」と言われました。橋とは四条大橋、向こうとは祇園のことです。先斗町は橋の手前ですから、必ずしも橋の向こうばかりではなかったのに、「橋の下にいる」と言われずよかったです。
4代目は子供の頃、「あんたは橋の下で拾ってきた子」なんて言われたこともあり、本人はちっとも記憶にないと思います。同じ親から生まれた兄弟でも扱いがちがうとボヤいていましたが、姉からすると跡取り息子として結構かわいがってもらっていたと思います。兄弟のいる方なら幼い頃の兄弟の思い出もあるかと思います。

さて、そのプレミアムフライデー、先日、夜に四条烏丸のオフィス街を歩きました。大勢の仕事帰りのサラリーマンが行き交い、ビルを見上げると照明がついている所もたんさんありました。住友不動産販売もまだ仕事をしていた。今、不動産業界は活況で、土日が繁忙日ですので、大手企業とはいえ、プレミアムフライデーとは無縁です。日が明るい内に帰宅できるサラリーマンはまだまだ少ないようです。

京都は中小企業が多く、観光関連業種もプレミアムフライデーはスルー。そもそも労働環境に恵まれた所がターゲットのように思え、この言葉もフェイドアウトしそうな気がします。
ゆとり好きのトップリーダーは「お友達内閣」と言われても長く政権が続き、ぬるま湯体質が露呈し、内閣以外のお友達も登場し、政権もひび割れしつつあります。逃げるが勝ちのごとく、失望した人も少なくないと思います。
感情的で何を言っているのかわからない政治家と理路整然と語る官僚の話を比較しながら、出来の良くない政治家と頭脳明晰な官僚の力関係は難しいものがあると思いました。
そんな不協和音が聞こえる最中にロケット1発、飛んで来たら・・・・浮気をしてとことんしらばっくれる亭主のような歯切れの悪い総理は国民を守ることができるのか不安です。
アキエ・・・また、思い出した。似たもの夫婦なんですね。お友達になっておけば得することもあるみたいで、しまったな・・・宇治金時もアキエとお友達になっておいたらよかったな。学校ひとつ作るにも何百億と言う公金が投入されるのですから、射撃場のひとつやふたつ朝飯前で造ってもらえたかもな。

府民大会・ヘタクソクラブに続き、次の水曜日はウェンズクラブです。ヘタクソクラブのメンバーさんにもお声かけしておりまして、新しい人も参加してもらえそうですので、賞品も少し多めに用意します。
ヘタクソクラブでは参加者みなさんとお話しする時間もないため、小さな会ではコミュニケーションを大切にしていきたいと思います。心配なのはお天気。梅雨に入ったので、晴れとなりますように。4代目お手製のジャンボてるてる坊主・大明神を作ってもらおうかな。

京都御所の続編が少しあいてしまいました。来年以降でしたか、天皇陛下が譲位をされるということで、即位の礼を始めとして行事が執り行われます。そこで、京都御所も関わりがあるため、最後に本丸、紫宸殿のある御所をご紹介します。
京都を取り上げるTVもたくさんありますが、この京都御所についてはあまり見かけません。もしかするとTV取材は特別な許可がいるのかもしれません。我々、参観する者は自由に写真撮影ができます。

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烏丸通の乾御門を入ると左手に巨大盆栽・・・アカマツの大木が何本か目に入ってきます。人と比べるとその大きさがわかります。幹も枝もしっかりして、幹はたこのように見えました。京都御苑内はほとんどが松の木です。

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京都御所の北東角の鬼門除けの猿ヶ辻。角がへこんでいて、軒の下には・・・・烏帽子をかぶった猿が白い紙を担いで右向きに座っているのが見えますか? なぜ猿なのかは知りません。御守りみたいなものですかね。

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京都御苑内にある京都御所は明治天皇が東京へ移るまで約500年間使われていて、その間、何度も火災に遭い再建されてきました。南北450m東西250m、面積は11万㎡。かつては三種の神器もここに保管されていましたが、明治天皇と共にこれらも皇居へ移されました。非公開ですが、襖絵など障壁画の数だけでも1800枚あり、京都御所は日本の美の結晶と言われています。
烏丸通の中立売御門から清所門を通り、中へ入ると手荷物検査が行われ、英語以外の外国語でのパンフレットも用意してあります。休日だと一日1000人近い参観者があるようです。

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おそ松、から松、チョロ松、一松、十四松、トド松
松野家みたいな御所の中はとにかく見上げる松ばかり。日本の松の種類はアカマツ・クロマツ・五葉松の他10種類もないようで、常緑樹の松は繁栄を表し、花言葉は不老長寿。慶事によく使われます。大きな松に圧倒され、松の葉は針のように尖っているのに全体はこんもりと丸みがあり、じっくり眺めてみて"なかなか興味深い木だな"と思いました。ひとつひとつ形が違うので、撮影した写真を見ても、半分くらいが松でした。松野家いくつ作れるかな。
松の盆栽には1000年物もあり、枯れると縁起が悪いとも言い、御所の松は100年を超え、弱る物も多く、松枯れという病気がありますし、自然の形を活かしながら良い状態を保つことができるのも植木屋さんの手入れがあってのこと。生け花で使う松とは違い、力強く生命力あふれる松です。

日本史は苦手ですので、歴史的な内容は省きます。見た目重視でいきます。
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御所と言えば紫宸殿で、西側から南側の正面へ向かいます。右大文字が見えます。

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御所の正門である建礼門の内側です。帝しか通れないと言われているので開かずの門かと。門にも松と同じく不老長寿の彫刻が施されています。

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建礼門の後ろにある承明門からの紫宸殿。

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陰陽師・安倍晴明を思い浮かべます。紫宸殿までは写真よりももっと距離があり、大きいです。紫宸殿は正殿、公式行事の場で、派手さはなく、檜皮葺の屋根の反りがしなやかで美しく、瓦屋根とはまた違う趣があります。
お雛様で知られている右近の橘・左近の桜があります。御所がその始まりで両木には魔除け・邪気祓い、橘にも不老長寿の意味があります。

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紫宸殿の中には即位の礼で使用される高御座と御帳台が並んでいます。明治・大正・昭和天皇の即位の礼はこちらで執り行われました。現在の天皇陛下の即位ではこの高御座が皇居まで運ばれました。

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東側から西側を見通し、野村萬斎さんの顔写真を写真の中に入れたくなります。紫宸殿は右側になります。応仁の乱後、1世紀近く、都は荒廃し、当時、御所も建物や壁が崩れ、帝もひもじい時代を過ごしたと言います。

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檜皮葺はひのきの樹皮で作られていて、皮をずらしてミルフィーユ状に重ね竹釘を打って留めていきます。職人さんは竹釘をいっぱい口にくわえ、機械のような速さで一本一本を打ちつけていく様はさすがです。そして、屋根は写真のように厚みのある隙間なく美しく仕上げられます。雨に濡れてもしみこまないんですね。これだけ手間と時間をかけても耐用年数は限られていて、後世にこの技が受け継がれていくことを願います。御所だけでなく寺社でも檜皮葺を結構見かけます。

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紫宸殿の裏側です。組木の複雑な構造でこれだけ大規模な物が造れるのです。

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紫宸殿の裏には天皇の普段の住まい清涼殿があります。清少納言を思い浮かべる。紫式部の源氏物語じゃないの? と言われそうですが、源氏物語は読んだことがなく、京都新聞に京都弁訳の源氏物語が連載されていて、少し読んでみた所、何と読みづらいことか。また、挫折。読破できそうにありません。

建物からはずれた所で溝を眺めている一人の男性がいて、その視線の先には
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御所には似つかわないザリガニ。こんな所で見るとは。えらい所にすんでるんやな、ザリガニ君。水はきれいなのだと思います。

他にも小御所・御学問所など建物はありますが、省きます。ここからはお庭を。
松に囲まれるような御池庭には
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渡ることはできない欅橋。

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右の小御所は江戸時代に将軍や大名が通された所で、不幸にも昭和29年に鴨川の花火が原因で焼失後、再建され、ここは御所の中でも一番新しい建物です。

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仙洞御所は平面的でかえでの木が多く見られましたが、このお庭は高低差と遠近感で立体的。松の緑の中に鮮やかなつつじが目に留まります。洲浜もありますが、ここの石は丸くなく、仙洞御所の方がいいです。腕のいいカメラマンでしたらお庭の写真だけでカレンダーができそうです。
ただですね、"トン・シャー・ナン・ペー"とは言ってないけれども、この国の人達も結構いまして、通訳が説明をしているようですが、正しく説明しているのでしょうね。「尖閣諸島は日本の領土ではありません。その内ここも我が国の物となります」なんて言ってないだろうね。外国人が庭をバックに自撮り棒を使うのにげんなりしました。

もう一つの庭、御内庭は御常御殿前にあり、先の御池庭に比べ、こじんまりとした明るいお庭です。
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松と楓がからまり

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同じ場所でも角度を変えると見え方も異なり、写真を撮るのが少し面白くなりました。

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松と楓の濃淡も美しく、蛍光色のような楓にくっきりしたつつじも美しかったです。その並びには帽子のような松もあり、妄想力を高めてくれます。

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松に楓が寄り添い夫婦のように見えて、楓が赤くなったら、恋人同士にも見えるかも・・・と、色づいたらもう一度撮ってみたいです。

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赤い実のように見えましたが、もみじの花のようです。間近で見るのは初めてです。

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今回のお気に入りの写真です。菊紋瓦に花咲き青もみじ。いい具合の自然光で下手な私でも小ましに撮れました。

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遠目に見るとつつじが赤いイノシシが駆けるように見え、ノッポ松とデカ松とつつじ。どうしてここにつつじなのか? つつじも栄養満点で元気に花を咲かせています。

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建物が隠れるくらい木が大きく、遠くに比叡山が頂きだけ見えます。
仙洞御所はガイドさんが案内しますので、時間が限られますが、御所は自由見学ですので、今回は1時間でした。また、秋に来たいです。never ending storyの曲を聴きながら写真を整理しました。
灯台下暗し。歩いて行ける距離なのに、実は京都御所へは初めて訪れました。以前は年に二回一般公開期間のみ見学できましたが、最近、通年公開になりましたので、行きやすくなり、訪れてよかったです。見学無料です。見学料を取ればいいのに。

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建礼門の表側です。塀と樹木が高いため小さく見えます。

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平安神宮ではかなり右大文字は北へ向いていましたが、今出川通に近くなるとやや西に向きます。御所の帝も大文字送り火を眺め、盃に送り火を映して飲むと無病息災とも聞きます。あちら側からはどうのように見えるかと言うと

大文字
こうなんです。大の字の火床からです。左の森が吉田山ではないかと、その更に向こうに広がる森が京都御所です。正面の山が愛宕山かな。京都タワーは画面もっと左(南方向)なので、映りません。麓の銀閣寺から40分くらいで上がれます。こうやって見ると京都市内も広く感じるのですが。写真は4代目の奥さんが撮影してくれました。

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御苑内の木の下でピクニックや、寝転ぶ人達。街の真ん中でのんびりできる数少ない所です。

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人間の血管みたいに脈を打つようなアカマツの枝。これだけ多くのアカマツがあるので、もしかして・・・・松茸が出来たりしないのかな?

ついでに九条池にいる例のおっさんがめはどうしているか、覗いてきました。
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おっ、今日は客人がいるではないか。おっさんがめではなく腕立て伏せをするカメ。がんばってるがな。

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京都御苑の外周には塀や壁はなく、石垣と広葉樹が自然の塀の役割をしていて、中と外では見た目が異なります。特に秋はいちょうが色づき、御苑の北西角の大イチョウは西日に照らされるとまぶしいくらいに輝きます。

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丸太町通に面する御所の向かいには更地が。角の2軒を残して地上げをしたそうです。不動産価格が高騰すると地上げが起こり、ここもホテル用地だそうで、相場の倍くらいの価格ではないかとの噂です。ゲストハウスの建売りも出始め、まだ、買い手のつかない建物もちらほらあります。賃貸マンションでも建ててから販売すると言うのは聞きませんし、いずれ、宿泊所の叩き売りが始まるかもしれません。京都の街も景観どころか街並み自体が変わりつつあります。

御所の近く烏丸丸太町にあるこの会社は・・・名前を知っている人もいるはずです。
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学習参考書の数研出版です。現在は関西本社になっていますが、生まれは京都です。
大正時代に京都大学近くに設立した予備校で使用した参考書がチャート式の始まりとあります。使っていた・・・・と言う人もおられるかもしれません。
御所を出ると、いつもの風景と暮らしです。次代は若い天皇陛下に代わり、秋篠宮家は皇太子家になるそうで、新しい元号は何になるのでしょうか。日に日に現実味を帯びてきます。君が代は千代に八千代に。
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