やっぱり積もった
01/19(Thu) 22:25|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
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やっぱり雪が積もりました。千本通も雪に覆われ、千本酒場放浪記の神馬で熱燗一本と言いたい所ですが、お休みです。朝から雪が降ると冷気でキュッと肌がしまるのが心地よく、長靴を履いてお出かけがしたくなる宇治金時です。朝から救急車か゜駅伝しているのか? と思うほど終日けたたましかったです。

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大正6年に京都三条大橋と東京上野不忍池まで500kmの東海道23区間の駅伝がその始まりらしく、今では箱根駅伝が有名です。この日、日中は全国都道府県対抗女子駅伝を見に西大路下立売まで行きました。積雪のため中止と思っていましたが、予定通り実施され、批判もあったようです。吹雪になっては止みの繰り返しの中、中学生が走る最短区間で3km、ここ最終区間の最長10kmは実業団ランナーが多く走ります。
最終区間の中間点であるここを最終ランナーが通過する頃には雪も一旦止み、この後まもなく、1位の京都が西京極陸上競技場にゴールしたと母校の当直の先生から聞きました。かなり岡山県に追い上げられ、からくも逃げ切りました。コンディションが悪い中、完走したランナー達に拍手です。
女子アスリートのひたむきな姿は凛としてかっこいい。そして、高梨沙羅さんのようにお年頃となると容姿も気になるようになり、美人アスリートにも注目が集まります。
かなり昔のこと、自身がお化粧をし始めた頃の事を思い返すと、やはりシャネルの口紅。紅い口紅を付けた時の香りは特別のものでした。急に大人になった気がしたその香り、口紅だけでなく化粧水やおしろいなど化粧品にはほんのり香りがありました。化粧水は薄いピンク・ブルー・グリーンとカラフルで目でも香りでも化粧へのいざないがあったものですが、今は自然派嗜好という事で、無色・無香が多くなりました。
香水は苦手ですが、香りは癒し効果があり、京都にあるお香屋、松栄堂さんのリスンと言うお店では部屋で焚くお香をたくさん売っていて、“おしろい”という名の香りがあります。今の香りの無い化粧品はあっさりし過ぎて愉しみが半減してしまいます。特にこの季節、寒風にさらされる肌にわずかな香りを纏えば外出するのも億劫にはなりません。
私達の時代とは違い、今は化粧品もドラッグストアーで買えますし、電車の中で化粧をする人もいて、化粧は女性の特権だと思いますので、朝からメイクが決まると、やる気も出て、今日もいい事あるかなぁ、と前向きに過ごしていけたらいいですよね。以上、女子トークでした。

今年に入って猟銃を所持したいと言う女性が増えていて、レディースの当たり年かも。先日もお一人来店されて、なかなか講習日が合わず、その内に受講されると思います。女性は学科試験の合格率が高いですからね。手心を加えているということではなくて、真剣に勉強されています。
宇治金時が受けた時ももう一人女性がいて、合格発表の時、係官が“今日は女性の成績が優秀でした”とわざわざおっしゃったくらいですから、私は当然のことながらトップでなければいけない立場でして、もう一人の女性のことをおっしゃったのだと思います。

駅伝を見た後、母校、北野中学校へ立ち寄りました。元は旧制市立商業学校でしたので、敷地が約4000坪と東は西大路通、北・西側と三方が道路に囲まれていて、市内中心部では最大級の広さです。外周を歩くとその大きさがわかります。
学校所在地は中京区西ノ京、通学区は北区大将軍小学校・上京区仁和小学校・中京区朱雀第八・第二小学校の一部と3つの行政区がまたがるのもこの学校の特徴です。ですから、銃砲店は南東の端で、その対角線上の北西は京都学園の東あたりとなり、友達の家まで歩いていけず、バスに乗ると千本今出川まで上がって、白梅町へ西向いて、そして一条通馬代まで下り、15分くらいかかってしまいます。南だったら15分で四条大宮までいけますからね。校区も広いんです。
生徒数が一番多い時は2500名が在籍したと言いますが、現在は1学年3クラスとかなり小規模となりました。ですので、以前から廃校の話が持ちあがっているものの学校・PTAの努力のお蔭で今の所、存続しています。

学校は西大路通に面し、バス停もあり、JR円町駅も近く、京都駅から10分少々、京都府中・北部からの主要路線でもあり、転用もありうると思います。西大路通は幹線道路ですが、左大文字の景観規制がかかっている為、この辺から北は高い建物は建てられません。目と鼻の先に老朽化した京都府立体育館があり、ここへ新築することも可能かと思います。
昭和50年代、西大路通に面する校舎には3年生の教室があり、既に冷房が完備され(自動車の騒音で窓が開けられないので)ていました。この校舎も後に建て替えとなり、私達の学んだ校舎の面影はありません。ここまでは“母校の自慢話やんか”と思われてしまいます。
ところが、ここから歴史のお話となります。

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お土居
1591年に豊臣秀吉が築いた御土居の一部がグラウンドに残っています。全長22kmの内、残っている箇所は北野天満宮の西側など10ヶ所程度あり、そのひとつです。
御土居の内側が洛中、外側が洛外となっていました。高さは5mあり、上は2mあるかくらいの幅で、東西の一部が残っており、北側はプールの階段状の観覧席となっていて、プールは堀の跡、手を入れているため遺跡として登録はされていません。誰でも立ち入ることができますが、敷地外から見る事はできません。
御土居は図のように一周めぐらされていて、出入り口が西には長坂口と丹波口と2つあり、丁度この中間に校内の御土居があり、左に出っ張った北の端になります。
そもそも なぜ出っ張っているのか理由がわからないそうです。ある学者さんの仮説によると“信長が西から攻められて本能寺で落命したので、秀吉も西には警戒し、出入り口を多く作らず、広く見渡す為の見張り所ではなかろうか”と。その頃とは見晴らしも変わり、その時代は御土居からどんな景色が見られたのでしょうか。
在学中にボーイフレンドとお手て~つ~ないで、なんて思い出があれば、卒業後も懐かしく訪れたと思いますが、薄気味悪かったので、在校生の時は御土居へは上がりませんでした。
ちなみに3枚目の写真の“大極殿”の文字の極の上あたりが銃砲店の所在地ですので、“ここ掘れワンワン” 小判が出そうならいくらでも掘るけれども。

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このグラウンドを走らされる度に“なんでこんなに広いんやな”と嫌で仕方なく、愛宕山を見る余裕もありませんでした。
愛宕山も雪で全く顔を見せず、普段は2枚目のようにはっきり見えます。
赤茶色の建物が府立体育館・その向こう側には府立医科大学分校舎、左に見える鳥かごのような物は府立山城高校と、この西は府立の土地が占有していて、近くには他にも学校が多く、

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北の衣笠山の方向から洛星・立命館大学・京都学園・府立山城高校・私立花園中・高・花園大学・洛陽総合、かつては京都学園の隣に国立京都工芸繊維大学もありました。
校歌の歌碑には「愛宕おろしに幾星霜」「西の京平安の鐘に夢のせてあすの日本を背負い立つ」と、中学生では歌詞の意味も分からず歌っていましたが、今になって読み返すと立派なこと。日本を背負い立つ卒業生はどのくらいいるのかな? 小学校から校歌だけでも4つ覚えて、歌詞はほぼ忘れたものの、メロディーは覚えています。皆さんの母校はどんな校歌でしたか?

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西大路通妙心寺道の西南角のお店です。人形ではなく、ケーキを食べているお客さんの姿が見えます。お店の広さは5坪ほどでお客さん2人しか入れません。ケーキショップchocola。また、ご主人がパティシエには見えず、フォークシンガーみたいな、椅子の所でギターを弾くのが似合いそうです。シュークリームの種類が多く、チーズケーキはあっさりして美味しかったです。
銃砲店と同じ角地で、銃砲店も道路に面した2面をガラス張りのショーウィンドにしたいところで、それこそ猟銃やエアーガンをズラーっと並べると強烈でしょうけれども不可能なので。小さくても目を引く作りのケーキ屋さん、参考にさせてもらいます。

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もう一軒、帰り道にある“だるま寺”です。臨済宗妙心寺派のお寺で達磨大師があります。歌舞伎の舞台のようにも見え、だるま寺についてはまた、お節分に。

さあ、この記事もここからが折り返し
2日後、上京区役所へ行き
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漆塗り蒔絵のエレベーターが綺麗です。黒髪にかんざしのような、しっとりした艶が美しい。数年前に新築され、内装は木調で天然光もたくさん入り、お役所の堅い雰囲気がありません。
この後はちょっと足を延ばして、雪がわずかに残る風景
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出町です。高野川と賀茂川の合流地点には中洲があり、亀の飛び石で対岸へ渡れます。ずいぶん雪は解けましたが、右大文字。

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出町の妙音弁財天。弁天さんはインドの女性の神様で芸事上達・財宝の神と聞いていて、福徳神とも言われ、神の使いはへび。他にも龍がいたり、豊川稲荷大明神にはキツネもいて、気兼ねなく静かにお参りができます。
昔、中華そば屋台のあった所、ここは青龍町。京都の四神相応、東の青龍・鴨川が真横にあり、大文字が望め、気が流れ込むような感覚があります。

鴨川を更に南下すると
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吹雪いてきました

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この足跡は
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天然ダウンがあるから雪の中でも闊歩しています。

カモーん
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「おいで」・・・尾っぽフリフリ「やっぱりやめとくわ」

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カモがうろついていた辺りは府立医科大学の前です。東向きの眺めの良い所にあります。ここまで来たら荒神橋からのこの写真です。

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鴨川の水量は少ないですが、北山は一番手前が下鴨神社の森で、後ろに山が3層並び、奥へいくほど白く、遠近感がよくわかります。4枚目は比叡山で、雪が降っています。雪景色が間近なのもいいです。
京都は西の愛宕山・東の比叡山、北の北山の見え方で天気がわかります。「奥(北山)はまだ(雪が)降ってるな」 この日も市内は吹雪いては晴れるお天気でした。大都会ではこんなに空が見渡せられないでしょう。
以前TVでピーコが白いコートを着た京都の女性を「冬に白いコートなんて」と批判し、流行に鈍いと思ったのでしょうが、私からすれば“無粋”の一言。この女性は私と同じく京都の雪景色が好きな人だろうと思います。
京都は普段、瓦屋根の灰色と山の緑色です。しかし、一年を通じて色が変化し、特に雪になると白く明るくなり、眺めが変わります。女性の化粧にも似ているようで、年に数回だけの雪化粧。これも京都の魅力のひとつと思います。でも、あんまり雪が降ると困る人もいるので、そろそろすっぴんの京都に戻ってくれたら。

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河原町丸太町のプレジールシュクレの前を過ぎて、丸太町通からバスに乗って帰ります。手には出町で買った阿闍梨餅、お家に帰ったらおうすを入れて食べよぅ。

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