秋のお祭り
10/08(Sat) 22:29|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
10月と言えばお月様が綺麗に見える季節なのに、暑かったり涼しかったり、どういうことでしょう。
そんな中、京都よりも北にお住まいの定期的にメールを下さるお客様、詩人さんとお呼びする方からメールを頂戴しました。ススキとコスモスが咲き、早くも紅葉が始まり、それが終わると雪の積もる長い冬がやってきます・・・京都では狐の嫁入りがあったようで・・・・と、上賀茂神社で再婚の儀をされた人のことをいつもながらうまく表現されます。
大地真央さんのような大女優であれば誰もが黙り、つべこべ言う人はいないのではないかと思います。客寄せパンダのように見えて実はご本人もまんざらでもなさそうで、上手に人の目を引き付けていて、ひょっとすると案外、あのご夫婦はうまくやっていくのではないかと思えてきました。騒ぐほど宣伝になるのですから、逆手に取られることがないように。
ことのほか梨園を特別に言われますけれども私は角界のおかみさんの方がもっと大変で、勝負と伝統の世界に身を置き、お弟子さんの面倒を見て共同生活をするわけですから、気の休まる時がないように思います。

少し前に京大病院を取り上げました。今年のノーベル賞で京都大学は話題にはなりませんでした。
ところが、先日、京大の学生さんがクレー射撃を始めたいと来られまして、記憶の中では京大生のシューターは初めてかな。好奇心あるおばさん(宇治金時)は質問しました。「現役で入ったの? 東大は志望しなかったの? 誰か知り合いでクレー射撃をしているの?」と。(おばさんうるさいな)と、心の中では思っていたかもしれませんが、簡潔に答えてくれました。
東大は志望せず、京都が好きだったから。何と素晴らしい。私と同じく京都びいきだよ。地元京都の人でも入れない大学だからね。
笑い。クレー射撃はどんなのものかを知って、やってみたいなと思って。 京大生は勉強で忙しいと思っていたけれども、息抜きも必要よね。やってやってクレー射撃。
たまたまですけれどもブログとの不思議なご縁を感じました。
こんな事を言って失礼があったら謝ります。タイガースファンがジャイアンツを目のかたきにするのと同じでね、京都人は東大を好かん。京都の人が東大へ進学するなんて、どう思います?
例えば大学研究費分配額で東大は216億円、京大が140億円。この差は何ですか? ちょっとどころか随分の差ですよね。京都にはよろづの神さん仏さんがおあせられますので、まあ、見ててみー、その内に、ねっ。

私ごとですが、目を患い35年のコンタクトレンズ生活に別れを告げ、めがね生活に慣れない日々を送っております。お断りしておきますが、老眼ではなくド近ちゃん(超近視)です。内面で感じていた老化がいよいよ外へ出始めたかと実感しているところです。
久しぶりに玉ねぎを刻んで目が痛くなりました。コンタクトが刺激成分を遮っていて今までは痛みがありませんでした。
他にも目の動かし方やコンタクトとめがねでは視野がかなり違い、車の運転はもとより目が重要な射撃では多少の影響が出ることと思います。
めがねのうっとうしさに愚痴をこぼしていると常連さんが「若いうちは何でも見えるのがええけど、年いったら見えない方がいいこともあるしな」と言われまして、ほぉー、含蓄のあるお言葉です。
このように平成生まれのヤングエイジから卒寿を迎えられたオールドエイジまで、幅広い世代の方々とお話をし、刺激を受けている今日このごろです。

前置きが長くなりました。
北野天満宮は秋のお祭りで、ずいき祭と呼ばれています。祭列では見られませんが、お神輿はずいき等の野菜で作られています。京都のお祭りにしてはこじんまりしています。地元のお祭りなのに私は今回初めてこの祭列を見ました。銃砲店からわずか西へ歩いて5分の所で見られますが、平日に行われる事が多いので、見に行くことがありませんでした。
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お稚児さんは疲れも見せず元気に歩き、女児の後には裃姿の男児も歩いています。

北野天満宮は学問の神様として知られていて、祭神は菅原道真。ずいき祭は五穀豊穣に感謝するお祭り。話が長くなって恐縮ですが、元々天神とは天の神であり、学問の神とどう関わりがあるのか解せない所がありました。
ずいき祭と言われる所以からそもそもは農耕の神が起源であったようです。道真が才覚あふれた人物であったため、それにあやかり学問の神となり、その辺りがお寺と違い、神社は柔軟性があります。
二つの天満宮がひとつになっている為、その経緯を正確にお伝えすることは難しいです。
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注目は牛車です。天神さんの境内にはたくさんの牛の像があり、牛と道真との関わりについてのお話から。道真は丑年生まれでもあり、右大臣の道真は左大臣の藤原時平の陰謀で太宰府へ左遷され、京から同行した人達は道真の死後、亡骸を牛車に乗せ埋葬地を探しましたが、受け入れる所がなく、疲れた牛がへたった所が安楽寺天満宮と言う所で、後に太宰府天満宮となります。
そののち京の都へ亡骸を戻すことができなかった道真に仕えていた人達が代わりに道真作の像を持ち帰り祀った場所がこちらです。
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天満宮旧蹟と大きな碑が残るここは北野天満宮に近くにあり、京都で最初の天満宮とも言われ、ここは一之保社と言う太宰府から帰った北野天満宮の神事に仕える神人(神職)による御供所(お供物を作る所)でもあり、他の七之保社までを中心に現在の氏子地域が形成されました。祭神が北野天満宮へ移された後も神人は代々子孫に継がれ、道真公を主人として崇めています。

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今でも天満宮内の末社としてひっそりと一之保神社は鎮座しています。
北野天満宮は場所柄、西陣のお祭りのように思えますが、元は農耕の神と言う事から、かつて田畑が多かった中京区西ノ京神人末裔を中心に花街上七軒・翔鸞・仁和・花園・衣笠・大将軍・朱雀第二・第四・第五・第六・第八学区が氏子地域となっています。
翔鸞学区の周りは七野と言う元は原野で、平野・北野・柏野・蓮台野・紫野などが地続きでした。
氏子学区の名称も読みにくかったり、翔鸞(ショウラン)は鸞と言う鳥の名で、平安京の回廊にあった翔鸞楼が校名の由来です。仁和は年号、花園は天皇名、大将軍は平安京を守護する方角の神、朱雀大路の名からと、名前負けしそうな名称が並びます。

西ノ京という地名は二条駅の東から西大路を越えて山ノ内の東まで、大将軍の南から三条通辺りまでかなり広い地域で、昔は北野近くまで西ノ京と言われていました。現在は宅地となっていますが、かつて都への農作物を作っていた田畑をガレージやマンションに替えて、今でも地主さんが所有している土地が多く、西ノ京はずいき祭と深い関わりがあります。そう、西ノ京はあっても東ノ京と言う地名は存在しません。北野天満宮のお祭りからあまり知られない地域との関係性を知ることができます。
銃砲店のある中学校通学区にも西ノ京が一部含まれていて、こんな同級生の話があります。中京区と言えば河原町御池とか三条とか繁華街や祇園祭の鉾町のイメージがあり、同級生が「京都をあんまり知らん人がな、家へ来て、何でここが中京区? 西大路通の西は右京区やろ? 何かペテン師みたいに言われたんよ」と笑っていました。中京区と言うと河原町通・烏丸通・堀川通・御池通に近いと誰もが思いますし、不動産相場も高い。でも、西ノ京でもちょっとドヤ顔で「住まいは中京区です」と、言えます。

ここで終わりとする所ですが、歌舞伎通の方に「菅原伝授手習鑑」と言う忠臣蔵と同じくらい古典歌舞伎ではよく上演される道真を中心としたお芝居についてです。その中のひとつ「車引」ではまさにこのお祭りの牛車が舞台に登場します。主人公達は生家がお百姓で縁起の良い血気盛んな三つ子ちゃん。道真に仕える梅王丸・敵方時平に仕える松王丸・親王に仕える桜丸が吉田神社で出逢い、後に牛車からは・・・さて、誰が出てくるでしょうか? 魔物のような顔をした藤原時平です。ただ、それだけ。セリフがわからなくても、とにかく三つ子の梅・松・桜の刺繍の入った衣装が豪華で、女性ならば思わず着物が着たくなる、そんな歌舞伎の様式美に圧倒されるお芝居のひとつです。
車引と言う演目はこのお祭りを原型にしているようにも思え、道真の時代から1000年以上の時を経てもその歴史があせておらず、京都はこのように時空を超えた感覚が研ぎ澄まされ、車引がお好きな人は一度、ずいき祭をご覧頂きたく思います。毎年10月4日に御旅所から氏子地域を巡り天満宮へ向かいます。(詳しくは天満宮のHPを)

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宮司さんは牛車ではなく梅の御紋の馬車に乗り、文明開化のような雰囲気です。

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お祭りの時の親戚への配りものはお赤飯、鯖寿司、出し巻。春のお祭りは葵祭など親戚同士かぶるので、我が家は秋にします。秋はお赤飯に栗が入り、鳴海餅さんのは喜ばれます。お赤飯なんて常に食卓にあがるものではありませんしね。
出し巻は同級生の仕出し屋さんへ、鯖寿司は向かいのお寿司屋さんへお願いします。ご近所の品を使うのが京都流のお付き合いです。
京都には出張料理と言われるお客さんの所へ出向いてお料理を作るスタイルがあり、茶懐石では表千家の柿傳さん、裏千家の辻留さんが老舗で、お弁当販売はあります。
一方、仕出し屋さんは“店を持たない料理屋さん” 料理を作る厨房しかなくて、懐石料理と松花堂弁当の中間くらいのお料理を作って配達してくれます。お料理をのせる台もお吸い物も天つゆもたまり醤油も全て用意してもらえます。運ぶのが大変ですけれども料理屋さんの御膳がそのまま届く感じです。
仕出し屋さんは衛生面に注意を払い、器を始め備品も多く、時間もお客さんに合わせて配達をし、再び器を引き上げに行き、お祭りの時はいっときですから、なかなか重労働で、地域に根付いています。ですので、代々家業を継ぐ形が多く、京都でも和食店は増加していても仕出し屋さんは増えていません。

お祝い事はもとより、お寺を始め法事での利用や織屋さんの接待とか、お祭り等、仕出し屋さんは重宝されてきました。京都では来客があった時、手料理ではなく、料理屋さんのお食事を用意することが多いです。仕出し屋さんとは何? 利用した事がない、と、知らない人も少なくありません。店を構えていないので、どこにあるかもあまり知られない理由ですかね。
特に上京区、中京区に仕出し屋さんが多く、二和佐さん、松粂さん、やまのさん等、料理屋さんを営む所もあり、料亭みたいに高級なお料理ではなく、仕出し料理は馴染みの食材を丁寧に美味しく料理し、お弁当とは違い出来立てで温かい物もあって、お値段も料亭に比べれば良心的なので、ご馳走としてかなり満足できます。上等な中食という所でしょうか。そりゃ、京都に住んでいれば食のバリエーションが豊かなので食いしん坊になりますよ。

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こんな写真で失礼します。小さな子供もお料理の中から欲しい物を食べて、食べておいしければ、好き嫌いもなくなってきます。「おいしいから、ちょっと食べてみ」と、自分の手料理ではこうは言えず、プロの手を借りて何でも食べられるようになってもらいたい思いがあります。
小さい子供を外食に連れていくと、決まって退屈して歩き回り、大人がゆっくり食事ができないもので、我が家だといらぬ気を使わなくて済みます。
評判の高い料亭木乃婦さんも元は仕出し屋さんで、このチビちゃんを連れて親戚の招きで伺った時のこと。子供は大広間に興奮し、みんなに「△ちゃん」と、かまってもらい、嬉しくて走り回っていました。何となく嫌な予感はしたのですが、子供が庭に面した大きなはめ込み一枚ガラスへまっしぐら。直後に地響きがして仲居さんがびっくりして来ました。幸いガラスも子供も無傷でよかったものの、料亭は器ひとつでも作家ものや誂え品が多いため、割ったりしたらとんでもない。子供は連れて行かない方が賢明です。子供はマクドで十分。

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まだ2才にならない年ではとんでもない事をやらかします。ガラスが割れていたら、食事中、ピーポー・ピーポーを呼び、折角のご馳走が台無しになるところでした。でも、子供に振り回されて大人も学習し、ヘタクソクラブのお父さん達も同じような経験をされた事があるかもしれません。

話を戻し、お料理は時期によって変わると言う贅沢さもあり、どんなお料理かそれも楽しみです。洋食は年中同じですけれども、和食は魚・野菜・汁物・ご飯は季節で変わります。ついでにお漬物も。そして年中食べる物でもお豆腐のように、季節なくマーボー豆腐、夏はからし豆腐、冷奴、冬は湯どうふ、揚げだし豆腐とか、季節で食べ方を変え、飽きることがありません。
京都と言えば料亭と言われます。でも、仕出し屋さんも京都ではなくてはならない存在ですし、民泊で仕出し屋さんのお料理に舌鼓したらほっこりできますよ。温泉があればなお、いいですけれど。あ~仕出し屋さんのお料理が食べたくなりました。
今年の秋はお天気が良くなるよう期待して、実りの秋、ご家族と、お友達とお食事に、あっ射撃にもお出かけ下さい。
すっぴん京都の記事におつきあい、ありがとうございました。

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