色づいたかな?
11/22(Sun) 20:54|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
今年最後の連休ですので、もみじの色づきは・・・まだ、もうひとつというか今年はハズレたみたいですよ。気温が高いので赤くならない。去年はあれほど綺麗だったのに。
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数日前、TVで見た京都が舞台、昭和34年の映画「鍵」で二代目中村鴈治郎さんと京マチ子さんの関西弁に感心し、鴈治郎さんが市電から降りるシーンにここはどこだろう? 岡崎? 東天王町? と、調べてみると、やはり東天王町でした。料亭岡崎つる家がある交差点は昭和34年の風景とは確かに違いますし、もちろん、自分はその当時を知りません。ここは宇治金時の通学路であり、無意識の内にこの山並みが頭の中に擦り込まれていて本能的に記憶がよみがえるという不思議な体験でした。そう、今年の顔見世では4代目鴈治郎襲名披露が行われ、先の映画はこの方の祖父にあたり、中村玉緒さんのお父さんと言えばご存知ですかね。ということで丸太町通を真東に東山の手前、東天王町に近い金戒光明寺へ行きます。ブログをさぼっていたのではなく、作業に時間がかかってしまい、今日は長いですから覚悟して下さい。

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丸太町通に面した岡崎神社では石のうさぎの「阿」「吽」が出迎えてくれます。かわいいので思わずなでなで。金運を招くまねき兎の像もあります。

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京都の人はこの金戒光明寺を黒谷さんと呼びます。
法然上人の浄土宗の始まりがここであり、会津藩松平容保の京都守護職が置かれた所でもあります。仏教の難しいお話は抜きにして、丸太町通の岡崎神社前のバス停を降り、岡崎別院と岡崎神社の間の小道を行くと、黒谷さんの墓地の入口に着きます。小道の左手に中村鴈治郎さんの墓石があります。今は親族が東京に住まわれているので、お墓は移されていて形だけ残っている状態だろうと思います。鴈治郎さんと言えば2代目。男前でもなく、背も低く、役者さんとしては二枚目ではないのですけれども、上方歌舞伎の役者さんで京都に住んでいらして、流ちょうな関西弁は絶品で、声は渋く、多くの映画に出演されています。現在、役者さんでドラマや映画と言うと中村吉右衛門さんくらいでしょうか。役者さんは歌舞伎の舞台があるのでスケジュール的になかなかドラマや映画に出演することが今の時代は難しくなってきました。吉右衛門さんは端正な正統派、鴈治郎さんは人間国宝であり、庶民派でありながらも出来ない役は無いというくらい芸の細かい役者さんでした。鴈治郎さんの映画の傑作は昭和32年「大阪物語」と言う浪花千恵子さん共演の貧乏人から大店の成金になって最後には家族離散と言う物語で、<ケチ>をテーマにした時代の違いを感じない、大人なら誰しも見入ってしまう見事なモノクロ映画です。

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墓地のてっぺんに三重塔・文殊塔(重要文化財)があり、後ろを振り返ると
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京都市内が一望できます。曇り空のため近くしか良く見えませんけれども皆さんにご覧入れたかった景色です。ここから見る夕日が沈む姿はきれいでしょうね。肉眼ではこの程度にしか見えず、カメラをズームすると

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左は知恩院です。こちらも浄土宗で、法然上人が浄土宗を起こしたのは黒谷さんで晩年に居たのが知恩院らしいです。今、改修工事中で、大きなお寺はこのように覆いを被せます。右は以前、北大路橋からの写真を載せた将軍塚の青龍殿です。人の姿が見えます。知恩院よりも南の霊山観音・清水寺・東福寺は同じく東山連峰にあるので残念ながら見えません。むしろ反対の西側から見るとお寺の甍が連なって良い眺めでしょうね。

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左上は京セラビル(伏見区竹田)と祇園閣(東山区八坂神社の南) 祇園閣は大雲院と言うお寺で石川五右衛門の墓があると言われていて元は大倉財閥の別荘だったそうです。大倉財閥を調べると武器を扱う鉄砲屋を開いた後、貿易業をし、大成建設・サッポロビール・ホテルオークラ等々、そして私どもも産業用爆薬で関わりのある日油も関連企業だそうで、意外な事を知りました。祇園閣は比較的新しい建築物で、金閣・銀閣・銅閣? 祇園閣は銅板葺きで屋根の緑色が汚れてきたな。祇園祭の鉾に似ていて先は鶴なのですが、はっきり見えませんね。特別公開時に一度楼閣へ上がって見たいです。位置関係は下の写真でわかってもらえると思いますが、知恩院の右の森の裏に八坂の塔があり、黒谷さんの山門の楼閣からですと八坂の塔と祇園閣の両方が見えます。

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京都タワーと平安神宮の大鳥居。ズームしま~す。鳥居の左は岡崎の京都市美術館、右は国立近代美術館。大鳥居は下から見るのがほとんどですが、上から見るとこう見えます。

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実際に見えるのはこのような感じで京都タワーの後ろの山が天王山で少し左の低い山が八幡市男山で、その間に位置するのが大阪方面らしいです。空気が澄んでいれば何とあべのハルカスが見えるそうです。その昔、東山の高台寺から北の政所が大阪城を見ていたというお話もあるようですし、今は宇治市の宇治カントリークラブのゴルフ場から淡路島が見えるとか、左京区久多からわずかに富士山(261km)が写真に撮れるというお話もありましたし、ちまちました日常とは違う壮大な話題にウキウキします。

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ドラマでも見る山門です。南禅寺の三門の方が古く大きく、石川五右衛門の「絶景かな」は南禅寺です。しかし楼閣からの眺めはこちらの方が良いのではないでしょうか。「浄土真宗最初門」と書かれた扁額は「浄土宗のまことは此処から始まった」という意味だそうで、前に居る人と比べるととてつもない大きさだとわかります。秋の特別公開で楼閣へ上がることができます(有料)。写真撮影はできませんが、その眺望はおすすめです。双眼鏡持参でぜひ。先ほどの三重塔の真横に左大文字が見え、こんなに間近で大文字を見たのは初めてです。塔の場所からは見えなかった南禅寺や蹴上、西山を見渡せ双ヶ岡や愛宕山も見え、京都守護職はここから大津・大阪方面からの動きや市内の様子を見ていたと言われていて、なるほどその様子がよくわかります。楼閣には極楽浄土の阿弥陀像・十六羅漢像・天井には火伏せの龍の図があり、ガイドさんが簡単な説明をしてくれますので、歴史のお勉強になりました。龍は雨の遣いのような存在で寺院では火除け、庶民には干ばつにならないよう龍神を崇めるという両面を持ち合わせていた為、お寺で龍はよく見ます。

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やはり古いお寺ですので、とにかくお墓の数は無数にあり、我々の知る四角い墓石だけでなく変わったお墓や像があり、他のお寺とは違いますね。ガメラあり、アフロあり。ポップコーンみたいな頭の石像は通る人たちが写真を撮影していて、写真を撮るだけでなく、ちゃんと手を合わせましょうね。うーん、何となく自分に丸顔が似てるような気がして頭をなでなでしてきました。厄払いできたかな? これまた横顔に愛嬌があります。なぜ、像をなでたがるのか? ・・・と思われるかもしれません。幼い頃から天神さんのお牛さん(牛の像)をなでる習慣があり、ついつい、なでたがる。信心深いのか欲深いのか?
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北野天満宮境内にはいくつものお牛さんがあり、どれもなでられてツルツル。ところが最近、この像が黒毛和牛に見えてしまって。あっ不謹慎。

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これが左大文字です。西北に向いているため「大」に見えづらく、あの送り火とは思えないはげ山にしか見えず。この周辺も色づくはずなのに、全く変わらずですよね。

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会津墓地です。幕末において倒幕の機運が高まり新撰組と共に京都の警護にあたった京都守護職。数年前のNHK大河ドラマで綾野剛さん演じる会津藩主松平容保を思い出します。
京都守護職の任についた会津藩は1000人を擁したとも伝えられ戦で何百人もの人たちが犠牲となり、この墓地に祀られています。たくさんの墓石を眺めながら再び郷里の土を踏むことが叶わなかった藩士たちに合掌。

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金戒光明寺の会津墓地の隣は真如堂の敷地となり、今回、ご紹介したかったのは高貴な雰囲気のこちら。石橋と金の家紋は三井家の墓地です。お行儀悪いけれども許してたもれ、ちょっと覗き見。ゆうに100坪以上ありそうで、財閥の菩提寺が京都なの? と思いますが、NHK連続ドラマ「あさが来た」のあさちゃんこと広岡浅子の実家は出水三井と呼ばれ上京区、今のルビノ京都堀川の辺りに屋敷があり、本家を始め他にも京都には三井家が何軒か居を構えていた為、京都に菩提寺となったようです。あさちゃんのご両親もここに眠っているのでしょうか。さすがにお墓ひとつをとってもスケールがちがいます。

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真如堂も紅葉の名所ですが、ご覧のとおりくすんでいますし、門の所もまだ青い。ここは天台宗のお寺で境内には300本の紅葉があり、ここにも三重塔があります。

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紅葉らしい写真は金戒光明寺の塔頭くらいです。

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真如堂から東の白川通、市バス錦林車庫の所へ下り、左は川なのか疏水なのかわからないけれど白川通を横断し、この向こうは哲学の道、銀閣寺方面へつながっています。ここを左折して少し歩くと白川通沿いに山田ベーカリーと言う老舗パン屋さんがあり、美味しいです。食パン・フレンチロール・あんぱんなど定番が揃います。今日はこのパンをお土産に

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では錦林車庫から市バスに乗ってお家へ帰ります。3つ目の青信号が東天王町でそこを右折した所から今日は歩き始め、金戒光明寺から真如堂と北へ進み東へ回ってきました。ここから南禅寺・永観堂へは南へ、吉田神社のある吉田山へは北へ、銀閣寺へは北東へと徒歩で行くことができます。銀閣寺にはアイスキャンディー屋さんや時々お世話になる精肉店銀閣寺大西さん、宣伝はしないのに流行っている麺どころ「おめん」、真如堂前には焼肉おおた、東天王町には料亭岡崎つる家と有名なお店があります。真如堂へは見えている歩道橋の所、真如堂前のバス停を降りて西の山手を上がれば行くことができます。以上、写真でご紹介しましたが、ちょっと散策にいい所ですので、よかったらお出かけ下さい。公開期間を設けて金戒光明寺は他にも有料で仏像や庭園を見せてくれますし、楼閣も普段は上がれません。
お寺で袈裟を着てお坊さんに扮した二代目中村鴈治郎さんが「皆さん、ようこそお参り頂きました。もみじも色づいてまいりましたし、もみじと一緒に写真を撮る時はフラッシュをたいてください。そしたら光でお顔のしわも消えて、もみじも輝きお嬢さんがたも、もみじもべっぴんに撮れまっさかいに、ハッ・ハッ・ハッ、ほな、よろしゅうに」と、成駒屋僧正もいいなあ。いつもの妄想です。あー、ヘタクソクラブ会長のお話のように長くなってしまいました。もう、こんなに長い物は書きません。

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