連休明け
09/25(Fri) 12:33|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
皆さま、シルバーウィークは如何お過ごしでしたでしょうか。秋晴れのもと射撃に行楽にとお出かけになりましたか?
ここ2回、続けて射撃会の記事を取り上げましたので、雑談めいた話は山ほどあるものの、まずはヘタクソクラブ9月例会へ初参加のメンバーさんのコメントから。“ヘタクソクラブは本当に楽しい会で射撃を始めてよかったです。もっと練習して上達します。”
このメンバーさんが来店されると雑談で盛り上がり、普段は乱視メガネをされているのですけれども射撃ではシューティンググラスをかけていて、これは矯正なしとのことで、いよいよコンタクトが必要かな・・・と言われましたので、ならば、“カラコンどうです? シューティンググラスと同じ色のオレンジとかパープルとか。みんなぶったまげますよ”と、冗談を言うと爆笑されました。実際、カラーコンタクトの中心は色が無いので無意味ですが。ブログをいつも見て下さっていまして、以前、保津峡(保津川下り)の線路脇で仕事をしていたらドクロを見つけ怖かった、と言うお話を聞き、そうですね、この辺りも死人の名所で、京都百物語のひとつに入ります。ドラマではここで崖から人が落ちるシーンをよく見かけ、決まって“京都府警の狩谷警部”が登場し、山村美紗サスペンスの見過ぎ。

和歌山国体が開幕しました。代表選手達は直前まで練習に余念がないと思いますが、健闘をお祈りいたします。
少し前に遡り、高校選抜野球、U-18の大会が日本で行われ、アメリカが1位となりましたが、予選リーグではそのアメリカに勝利し、アメリカとの決勝まで負けなしという強さの日本チームで、きっと日本が勝つと思っていましたが、僅差で2位となりました。それにしても日本の高校野球のレベルの高さを痛感し、優れた選手が揃ってたように思います。
特にピッチャーにおいては国内試合では一人で勝ちあがる実力があり、この世界大会でもマウンドで緊張しているようには見えず、どのピッチャーもバッタバッタと三振を取っていく姿が痛快でした。
どの選手も落ち着いたプレーで普段の白い各校のユニフォームと違い、JAPANのユニフォームを着ると、とても頼もしく一人前のプレーヤーに見え、選手達が様々なポジションを守れたり、小技を使えたり、金属バットではなく木製バットの使用、ストライクゾーンやルールの違いがあるにもかかわらず、のびのびと試合に臨んでいました。
単に野球が好きで見ていたのではなく、アメリカ人から「日本の選手は同じフォームで個性がない」と言われながらも、日本選手の順応性の高さに興味がありました。この順応性はどこから生まれるのか? サッカーも人気がありますが、やはり人口では野球をする子供の方が多く、その底辺の広さが一流選手を生み出すのだと誰もが思っています。そして、アマチュアでの指導者の存在も大きいでしょうし、先の“個性がない”と言う事は“基本がしっかりしている”とも言えて、基本があってこそ応用があり、個性が生まれると考え、個性とは良い意味でも悪い意味でも使える言葉でむしろ、力まかせで雑なアメリカ人とは“能力”が違うと私は思います。悪い意味で「能力」という表現は使いませんから。基礎だけでなく“これだけ練習をしてきた。己に克”という自信もその順応性のひとつと思います。しっかりボールを見る選球眼、キャッチャーが構えたところへ正確に投げる制球力は自信の表れで、弱気にならない強い精神力こそ鍛える事が難しいのではと思います。
ゴルフにおいてもこんなお話を聞きました。日本では敵なしのゴルファーでも海外に行けばまず、上位に入れることは少ない。それは芝のひとつを取ってもアメリカなら硬く、土ごと打たなければいけないし、ボールの転がり方も違う。使用するクラブも調整してこなければならない、など世界で戦うには異なる環境にどう対応していけるか、プレーヤーの実力だけでは不十分ということがわかり、プレーヤーの環境を整えることが不可欠です。
そして我々クレー射撃においても随分昔からその環境というものはあまり変化していないのでは、と思います。アマチュアでありながら企業所属というのはわずか数名で殆どのシューターは個人で競技をしています。練習にかかる費用であったり、時間であったり、指導体制であったり、2回目の東京オリンピックが巡ってくるというのに1回目の頃と比べ環境はどのくらい良くなったのでしょうか。例えば大学や自衛隊体育学校のようにアスリートアカデミーのような養成機関で経済的支援も含めて練習に専念できる環境での選手育成も一考かと。
何かとつまづきの多い東京オリンピックではありますが、射撃競技会場については既に青写真が出来上がっているようでして、こちらはトントンと話が進むよう期待しています。

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BROWNING シナジー ブラックアイス スポーティング 28インチ銃身 ダイヤモンドチョーク5本付 こちらはお客様のお取り寄せ品です。 スポーティング銃は流行気味で、お客様も吟味してこの銃を購入されました。チョークは内臓式が主流の中、ダイヤモンドチョークと名づけられた、あえて外に見せるチョークが特長でチョークの種類を色で分けている洒落感と視認性を持ち合わせています。

年賀はがきの予約時期になると「今年もあの人、この人と亡くなってしまって」・・・と寂しくなります。特に今年は可愛がって頂いたお客様を始め、50才代で亡くなられた方も何人かいます。1ヶ月前には仕事中の不慮の事故で亡くなられたというお客様もあり、この方とは亡くなられる一週間前に先代が電話で話をしていただけに、みんな気落ちしました。急なことでしたので、銃の引き取りにご自宅へ伺い奥様から「ドクターヘリで搬送中、心臓が止まっては動きだったんですけれども。好きな狩猟は40年になります」と、奥様も理解を示していらして、大きな人がこんな小さな壺の中に・・・と、一瞬ことばがありませんでした。帰り際には「まさかこんな不幸に見舞われるとは思ってもいらっしゃらなかったでしょうし、今年も北海道へ猟に行く準備をされていたでしょう。長年、ご愛顧頂きありがとうございました。銃も一緒に天国へ持っていきたいでしょうけれども大事に使ってらした銃を引き上げさせてもらいますね」 「もうちょっと遊びたかったけれど仕方ないなあ。小林さんとこで始末しといてな」と、私の心には聞こえ、しっかり手を合わせてきました。
そんなことを振り返っているとあるお客様から手書きのお礼状を頂戴し、パソコンでの字体とは違い、お顔が浮かび、まるで語られているような感謝の気持ちがひしひしと伝わってきました。また、あるご兄弟のお母様からはお手紙の封筒に差出人であるご兄弟の連名の下に“母”と書かれていて、ほのぼのしました。男の子のお母さんというと怖そうなイメージがありますけれども、私好みの華やかな便箋といい愛嬌のあるなかなか洒落たお母様です。ブログを始めてから手書きの手紙が書けなくなってしまい、漢字を忘れたり、文章が頭の中で組立てられなくなり、字が書きにくくなったりと困ったものです。しかし、よそ様から頂戴した心のこもったお手紙に感激し、手書きの良さに触れました。ありがとうございます。

ひと月、お休みがありませんでしたので、心が疲労しているのか身体が疲労しているのか、とにかく連休は仕事を離れ
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南座 “あらしのよるに”へ行ってきました。偶然にも京都新聞の広告で並びました。獅童さんとは面識はありませんけれども、お父様は2.5代目と一緒に狩猟へ出かけた事もありましたので、まんざら知らない間柄でもありません。南座の楽屋口には警備員さんが居て、獅童さんのファンが出待ちをしていました。警備員さんが居るのも初めて。結構、人気があるんですね。
連れが2階の最前列で見たいと言うので、舞台や客席が見渡せ、獅童さんと松也さんが1階の客席に下りてきて、客席の狭い座席の間を歩き、お客さんの膝の上に腰をかけたり、義太夫さんが「メーリさんのひつじ」を歌って、あっかんベーをしたり、笑いや拍手で湧き、舞台と客席が一体となって南座でカーテンコールというのも初めて経験しました。演目は有名な絵本を歌舞伎仕立てにしたもので、子供の姿もあり、歌舞伎とは異なる観客で埋め尽くされ、切符は完売、補助席が用意されるという連日、大入りとのことでした。
ロビーで萬太郎丈のお母様とは昨年の歌舞伎座でお会いして以来、梅枝丈の若奥様とは初対面。とても品のある奥様方で、座頭の獅童夫人もいらして萬屋一門の奥様方が勢ぞろいと言うのも地方の劇場では珍しい光景でした。
南座を後にし、ロシア料理店ほかどこも満席。とりあえず先斗町へ向うも歩くのもままならないほど大勢の観光客。何とか食事を終え、昔、お客様に連れて頂いた路地奥のバーへ。以前は会員制でしたが、今は一見さんでも利用できるようになり、大ママもお元気で、ママは今日はお休みですとカウンター席でバーテンさんとbarトーク。ウィスキーが流行しているので品薄になり価格も上がっているとか。 “今もまだ川床してるの? 今日らなんか鳥の水炊きでも食べんと川床は寒いでしょ。河原の蚊もヘロヘロなんやし” “京都の人は川床いかないですよね” “そう言えばそうですよね。でも、夕暮れ時、西日に映える東山は綺麗で好きですよ” “うちのテラスから見えますよ。隣りの川床盛り上がってるでしょ” “女性ばっかりね。どこのお店です?” “うしのほね” “えっ うしのほね? 御池橋の路地にあった?” そう、ここもビーフシチューの美味しいお店ということでお客様達のたまり場としてよく利用した路地裏店の元祖的な京都ダイニングです。本当に路地の中にあって、店へ入ろうとすると隣の家から銭湯に行く洗面器を持ったおばさんと出くわすという。そして花街先斗町もその頃は旦那衆が両脇に芸舞妓を従えてそぞろ歩く姿をよく見かけたものですが、もう様変わりして、木屋町と変わらなくなってきました。お茶屋さんを東京系が買って飲食店にしたり、花街の風情が薄れてきました。京都は京都人の集まるお店がありますけれども、訪れたBARは京都以外の常連さんも多く、料金・客層という点では安心して利用でき、社名の入った名刺を出すこともない、心やすらぐ所です。たまった疲労もアルコールで流れた気がします。
そもそも花街のお茶屋さんとは名刺を出したから入れてもらえる所ではなく、素性のわかるお客さんだけを相手にお商売をしている所で、昔、あるお金持ちさんが知り合いと一緒にお茶屋さんへ行った所、帰り際、女将から「もう来てもらわんでも結構です」みたいな事を言われたそうです。お客に対して失礼な対応と思われるでしょうが、その人よっぽどケチでしきたりを知らなかったのだろうと噂になりました。お金使って恥かきに行ってたら世話ないわ。
路地の突き当りに二軒お店が並び、今度は左の扉のうしのほねで食事をした後、右の扉を開けて一杯飲みながら寛ぎ、心のアルコール消毒をしよう。二軒並んでいるなら川床づたいに“ごめんやす”なんて行こうものなら先斗町出入禁止となってしまいます。東山と鴨川が眺められるこの上ない特等席はやはり先斗町ならでは。この情景は無くならないで欲しいです。
“知ることから何かが生まれる” 人を知る・物を知ることを心がけ、いつも会う人・たまに会う人、縁を切らすことなく過ごしていきたいです。

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