伝統校
08/15(Sat) 22:04|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
のっけから失礼します。
8月30日日曜日、小林銃砲火薬店は臨時営業いたします。時間は午前10時~午後6時までですのでよろしくお願いします。
西陣支部猟友会の狩猟登録受付があるためです。会員さんはお忘れなく手続きにお越しください。

甲子園での高校球児の夏が終わりました。
京都は府立鳥羽高校がベスト16に残り、お盆はゆっくり試合をTVで観戦していましたが、その後、勝ち進むことはできませんでした。鳥羽高校はスター選手はいないものの全員が攻め・守るチームの印象を受けました。全国から優秀な選手を集める私学校が多い中、公立校の健闘に拍手です。
それにしても地獄のような暑さの中、地元予選から今日まで戦う球児達の体力とスタミナには恐れ入ります。応援団もしかり。“心頭滅却”の境地だったのでしょう。

京都と野球は縁が薄いように思えますが、京都での野球の名門校は龍谷大平安高校(旧平安高校)で、炭谷選手や桧山氏の母校であり、同志社・立命館大学の野球部OBは阪神片岡氏、ヤクルト宮本氏、古田氏など一流選手の顔ぶれです。
また、峰山高校出身の野村克也氏や私立京都学園(旧京都商業)はあのプロ野球の“沢村賞”、沢村栄治氏の母校です。ソフトバンク大隣投手、女子ゴルフ森田プロもOBです。
そして、先日、先代が「立命館大学の所に戦後、衣笠球場があって松竹ロビンスっていうプロ野球があったんや」と話してくれました。へえー、京都にプロ野球の球団があったんだ。現在は女子プロ野球チーム、京都フローラがありますけれども。

話を戻し、鳥羽高校は「京都二中」と度々、紹介されまして、高校野球は今年100年を迎え、第一回の優勝校がこの鳥羽高校の前身、京都第二中学でした。まあ、偶然にもこの記念大会に鳥羽高校が出場するなんてミラクル。ここからは京都の人以外は退屈なお話になるかもしれませんが、よかったらおつきあいください。

私立高校が多い京都ではありますが、京都市内には府立高校・市立高校とありまして、市立堀川高校・市立西京高校・府立嵯峨野高校から京都大学などの難関大学への進学が増えています。
その歴史を遡ると、以前ブログに写真を掲載しました、東京都とならんで最も古い旧制中学、京都一中=府立洛北高校、京都二中=府立鳥羽高校、京都三中=府立山城高校。京都第一商業学校=市立西京高校、京都第二商業学校=統合後、現在は市立北野中学校、第三商業学校=現在の桃山中学校。そして公立でこれまた全国初の女学校が府立第一高等女学校=府立鴨沂高校で、第二が府立朱雀高校。市立第一高等女学校=市立堀川高校 第二が市立二条高等女学校、現在の二条中学校。
“嫁に行くのに女が学校行って勉強することなんかない”と言われるような時代に公立女学校だけでもこれだけあったんですから。
伝統校が今なお、健在であることは京都人の誇りでもあり、歴史がある分、それだけ沢山の卒業生を輩出しているということでもあります。ブログをご覧の皆さんの中にはOBだという方もいらっしゃるかもしれません。
今あげました学校の中で山城高校は先代の母校であり、小林家の人々は北野中学のOBであり、ちょっぴり自慢なんですけれども。
山城高校は昔からサッカーで有名な学校で釜本邦茂氏を始めサッカー選手も多く、シンガーソングライターの尾崎亜美さん、浜村淳さん、吉田義男氏、田村高廣氏などがOBです。
鴨沂高校だと、田宮二郎氏、沢田研二氏、日本画家の上村淳之氏を始め府立高女では山本富士子さん、森光子さんと、名の知れたOBが多いです。
そして今は二条城近くに市立堀川音楽高校という公立音楽学校があり、指揮者の佐渡裕氏やバイオリニストの葉加瀬太郎氏など、世界的に活躍するOBがいます。また鴨川の畔に市立銅駝美術工芸高校という画学校を前身とする学校もあり、京都市立芸術大学があるため、このような単独高が存在するのだと思います。
また、府立桂高校には植物・園芸の専門コースも設けられていて、京都には特色ある公立高校があります。

明治から大正にかけて京都には高等教育機関があり、そもそもは京都大学があった為、教える人も多く、学ぶ素地が育まれ、向学精神と共に学校教育が充実していったように思いますし、現在の京都においても学校がそこかしこにあるのもその延長だと私たちはフツーに感じています。学校だけでなくそれ以外の所でも学びや体験の機会が多くて、学び取る・感じ取ることができ、教育環境は京都が優れていると思います。

“公立美術学校”“水力発電所”“”路面電車゜“聾盲学校”“学区制小学校”“中央卸売市場”“国立国際会議場”など京都が初と言うものは割かし多く、かつて都であったという位置づけで何かと優遇されている部分はあろうかと思いますし、京都は保守的な印象がありますが、進取の気質が色濃く、他から取り残されることなく、京都らしさを保持してきたように感じます。
そして、日本は識字率が高く、義務教育がしっかり行われているからだと言います。日本人は大人になっても学習意欲が旺盛で、新聞を読むとか、資格や仕事のために勉強をするとか、趣味の範囲でも学ぶ姿勢があるとか、様々な理由があるそうで、日本人は勤勉だったからこんな小さな国でも存在感を示すことができたのかな・・と思います。

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石を投げれば寺に当る・・・というくらい学区内にはお寺が多く、門の傍に仏教の教え・・・てきな物が目に入ります。読んでその時は“そうだ、そうだ”と心に刻むのですが、すぐに忘れてしまう。

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二条高女の石碑がある二条中学校

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手前が二条中学、向こうの建物が朱雀高校で、両校が旧高等女学校、女の園。。その前を赤い車が走り、これは二条自動車教習所の教習車です。
私が高校進学する頃は小学校の学区制で普通科ならば山城高校、商業科なら朱雀高校と自由に選べず、大学への進学率も今ほど高くなく、大学入試でまた受験のことを考えると、高校から大学へ楽に上がれる私学を選ぶことが多かったです。
しかし、現在は府立高校では京都府立大学への推薦制度や公立高校では京都の私立大学への推薦制度があり、環境が変わってきました。いずれにしても公立校は学費が安いのが魅力で、小学校から大学まで公立なら親孝行ね、と言う所、“学費は別として塾など他にお金がかかる”と言う親御さんもあります。
また、京都はスポーツも活発で、京都府はスポーツにも力を注いでいてます。ワコール陸上部・日本新薬野球部・野口みずき選手も京都の実業団に所属していて、シンクロの奥野史子メダリスト夫妻を始め、沢山のアスリートが育ち、フィギュアスケートの宮原選手やスケーター兼子役俳優本田望結さんも京都出身です。
朱雀高校は定時制・通信制もある学校で、朱雀高校の校舎には京都府旗・日の丸・校旗がはためいています。ふと、こんな事を思い出し、他県で公立学校の卒業式で国歌斉唱をしない、起立しない教員が稀にいると聞き、卒業生に対して失敬だよね。先生の為の式典じゃないんだし、卒業生の前途を祝す儀礼なのですから、国歌に抵抗あるなら私学で働けばいいと思う。国歌を耳にする機会はスポーツが一番多いわけで、学校で教えなくてどこで教えるの? って話です。どう思われますか?

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道路に面して街路樹の端まで400mくらいにわたり二校が並びます。この朱雀高校の左手(南)にも中京中学校があり、こんなに学校が連なる場所も珍しいです。

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ついでに二条城のお堀です。以前はこんなに中が見えなかったのですが、お城の角の生垣が1mくらいの高さに刈り込まれた為、お堀がよく見えるようになりました。でも水は綺麗じゃないな。どのくらいの深さがあるのでしょうか。お堀でも北東だと、底が見えて魚らしきものが居るように見えます。

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日本で最初に盲唖学級ができたと言われる現在は廃校となった明治2年創立の旧待賢小学校。今は関西フランス学院が使っているそうです。
余談ですが、市内の公立校の名称は必ずしもその地域名とは限らず、統合のため現在は存在しない学校もありますが、“楽只”“翔鸞”“桃薗”“成逸”“乾隆”“城巽”“淳風”“格致”など漢字学習のようであり、音読みが多く中国の古典あるいは地域の歴史から名づけられたと言われています。中には朱雀小学校のように第五を除き第一から第八まで通し番号で存在する小学校もあり、朱三ってどこにあったっけ?・・・というくらいややこしい。
京都元学区と検索すれば一覧が見られます。興味のある方はご覧ください。
最後に、筋が通ったような通らない内容におつきあい頂きましてありがとうございました。昔は秀才は運動が苦手と言われ、「勉強が嫌いやったらスポーツで頑張れ」と言ったものですが、現代っ子は文武両道、偏りのない子が増えたように思います。
あらゆる分野において京都で生まれた、京都の学校へ行っていたと言う著名人の数を調査すれば、おそらく日本一ではないかと思います。しかし、若い人の京都定住率は低いそうで、学生時代は京都で過ごしても卒業をすれば他県へ引っ越しをすることが多いそうです。
かつて流行語になったJR東海の “そうだ 京都へ行こう” になぞらえて “おいで 京都で学ぼう” はどうでしょうか。
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