小林銃砲火薬店の今・・
01/18(Fri) 13:17|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
お正月は人の出入りが多く、ようやく落ち着いてきました。
昨年1月1日より小林銃砲火薬店は四代目に継承されました。
先代も後期高齢者の仲間入りということで、元気な内に事業だけでもスムーズに引き継いでおく方が
お客様にも従業員にも迷惑がかからないであろうという親心でございました。
お陰様で四代目は不慣れながらも何とか無難に一年を終えることができました。

既に猟銃所持者の方は銃刀法の規制が強化され、うんざりという方も多いと思いますが、我々、業者は
元々、役所などの規制・監督の下、この商売をさせてもらっているという感覚でしょうか。
まさに「法令遵守」が絶対的なものとなります。
銃砲・火薬の各販売許可を得ればすべての業務ができるかと言えばそうではありません。
業務ごとに届け出などがあり、たとえば、修理は別途、武器等製造法の許可を、保管は保管業の届け出を
と細かく分かれていて、厳しい条件を課されます。
最近は店舗を構えない銃砲店もどきの所もありますが、マーケットの小さいこの業界で店舗を構える銃砲火薬店は数の増減も少なく、今では老夫婦が年金暮らしをしながら銃砲火薬店を経営している形態が多く、従業員を置いている銃砲火薬店はほとんどが副業(テナント・マンション業など)をしながら経営という、まさに本業だけでは立ち行かない状況です。
巷の中小企業は「後継者不足」と言われていますが、我々の商売は将来、おそらく必要性が無くなり
(お客さんが減少して)消滅していくことと思います。

この一年「銃砲火薬店」の存在とは? 色々考えてみました。
並行輸入の方が安いから銃砲店では買わない、装弾は射撃場でも買えるから火薬店では買わない。など
現実は厳しいものですが、では逆に、銃砲火薬店が無かったらどうなるのか?
銃が故障したら、いちいち宅配便で修理屋へ送ることになる?
旅行に行くから留守の間、保管預かりをと思っても預かってくれるところがない。
うっかり更新手続きを忘れてしまい、もう一度許可を取り直すまで銃を預かってほしいが、警察に渡したら
廃銃になってしまう。
所持者が亡くなり、銃と装弾を引き上げてほしいけど、頼める所がない。
昔の猟銃が出てきたけれど、銃に関する知識を持ち合わせ、鑑定できる人がいない。
更新書類の書き方がわからない。パソコンが使えないから申請書類や技能講習の日程がわからない。
装弾を廃棄したいけど、遠方の火薬店までどうやって持ち込むの?
これらは我々の日常業務の一端です。
銃砲店って、ほんと、銃や火薬類の販売以外の業務の方が多いかも・・・
銃や火薬類をお買い上げ頂くお得意さまには当然の付随業務として行っておりますが、肝心の銃や装弾で
利益がでなければ、このようなその他の業務も縮小となってしまいます。

そして、何より並行品よりも銃砲火薬店の価格は高いという点にも。
輸入代理店から小売店へという流れから価格が高くなるのは勿論ですが、店舗を構えることによる固定費というのが大きいです。
これはどこの会社でも同じですが、まず、商品在庫。不動産にかかる経費・営業にかかる経費・更に知られていないのが火薬類を扱う火薬業は店舗とは別に貯蔵庫を所有しています(最近は借りる所が多いです)。
火薬類と言っても、実包の装薬原料から産業用火薬まで多種にわたります。
強固な貯蔵庫で保管するようになっているため、その費用が別にかかります。
当然、セキュリティーに関することも。

銃砲店よりも火薬店が少ないのはこの理由とあと、国家資格である「火薬類取扱保安責任者」と
いう資格を持つ者が最低2名必要となります。「危険物を扱う者としての社会的責務」を自覚するための
講習を定期的に受けます。
今のところ、私どもでは5名の有資格者がおりますので、業務への影響は皆無です。

と、銃砲火薬店の内情を少しお話したところで、この業界では「規制緩和」なんて夢のまた夢。
どんどん所持者が減少していく中、値段を安くしたところで、売り上げが上がるなんて、そんな次元の話ではなく
とにかく少しでも所持者を減らさないように、そして新たに所持する人を増やすよう努力しなければなりません。やはり底辺を大きくすることが業界活性化への方程式。

趣味にお金をかける、ということは昔からよく耳にする言葉で、これからは本当に銃が好きな人(クレー射撃・
狩猟)しか残らないのではないかと思います。そうなれば、たくさんの中から納得のいく商品を選べ、
色々相談できる銃砲火薬店は信頼の下に必要性を高めるのではないかと思っています。

この逆境の中、どう荒波に立ち向かっていくか四代目にかかっております。波に逆らうことなく、のまれることなく、うまく流れに乗っていけたらいいのですが。
まだ、38才の若造ですが、先代よりご贔屓の方からは息子のように可愛がってもらい、同世代の方からは
友達のように慕ってもらい、これからもビシバシ・・・しごいて下さい。打たれ強いのが持ち味?

ここで老婆心ながら猟銃の個人輸入についてお話を。
最近はインターネットの普及で海外のガンショップから直接、猟銃を輸入する方もあるようです。
しかしながら、海外と日本では銃の仕様が異なる場合もあり、中には海外仕様のまま日本に入ってきます。
当然、日本の銃刀法には不適合となると、所持した場合は所持者は全ての銃を離さなければならい事態も。また、所持する前であれば送り返すことになり、後で代金が返ってこないなどトラブルも。
正規代理品においてはまず、不適合品を販売することはありませんし、部品の供給はもとより、何かあった場合にはメーカー・代理店・小売店が連携して対応にあたりますので、責任の所在がはっきりしていて、ある意味、値段が高い分は≪安心料≫と良いようにとらえて頂ければと思います。

さて、前おきが長くなりましたが、ここからは柔らかいお話を。
自己紹介が遅れましたが、私、宇治金時と申します。銃砲火薬店でアルバイトから30年余り。
四代目のきょうだいにあたり、手っ取り早く言えばお目付け役です。どうぞよろしくお願いいたします。

昨年暮れ、同志社さんから「八重さんの銃が出てきまして」とご相談があり、公安委員会から
廃銃にして保管してくださいとのお話で、早速、加工に取り掛かり、NHK「八重の桜」の第一回放送と
同時に持ち主さまへお返しいたしました。
ちなみにメーカーはマーリンでした。詳しいことは私どもがお話する立場にはありませんし、
その内、展示をされる機会があるかと思います。
おそらく八重さんが使われていた銃のひとつでしょう。
皆さん、ドラマをご覧になりましたか? すごいですね。幕末に銃を構えるあんな勇ましい女性がいたなんて。
そして、時代ものといえば私は「火縄銃」しか知らなかったのですが、既にこの頃には輸入銃が入っていたことに
驚きました。

もうひとつこのドラマ「八重の桜」のこぼれ話を。
松平定敬役の歌舞伎俳優 中村隼人丈の父上はクレー射撃が大好きだった故 萬屋錦之介氏の甥で、30年前くらい前に少しクレー射撃をされていました。私どもにも何度か来られています。
錦之介氏は当時、萬屋シューティングクラブという会を持ち、チャリティー射撃会を主に京都と東京で開催されていました。当店三代目社長もお手伝いをしておりました。
小川家(本名)と小林家はかれこれ50年以上のお付き合いとなります。
先月も顔見世興行に出演中の隼人丈の伯父さんにお会いしてきたところです。
隼人丈はまだ若い俳優さんですが、父親譲りの今風の二枚目で、父上よりもやわらかい雰囲気が漂い、ただ今
人気上昇中です。ぜひ、応援してください。
また、佐川官兵衛役の中村獅童丈はお馴染みの歌舞伎俳優さんですが、こちらも錦之介氏の甥にあたり
私、宇治金時の個人的意見として・・・彼の猛々しいイメージはクレー射撃にピッタリ・・・だと思いません?
アプローチしてみよっか? 

DSC04355.jpg
これは二代目主人です。手に持っているのはWinchesterモデル12。
当時はまだ狭い店でしたが、所狭しと商品が並んでいます。宇治金時のおじいさんですが、
私が生まれたときには既に他界。写真でしか知りません。
とにかく何でも上手な人でスキーもするし、射撃では親子3人で
1954年の北海道国体へ出場し、鴨・きじを撃たせたら名人と言われていたようです。








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