スキートマンクラブ 日程
02/29(Mon) 13:06|スキートマンクラブcomment(0)trackback(0)edit
スキートマンクラブの日程が決まりましたので、お知らせします。
5月末に三重県伊勢志摩サミットが開催されるため、1回目は上野射撃場ではなく大阪高槻国際射撃場になりますので、ご留意願います。

 4月17日 日曜日  大阪高槻国際射撃場

 8月11日 祝日    三重県上野射撃場

10月10日 祝日    三重県上野射撃場 


皆さまのご参加お待ちしております
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St.Valentine's day はデート
02/17(Wed) 22:51|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
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ひ・さ・しぶーりに手を引いて・・・島倉千代子。東京だよ、おっかさん・・なんていつの時代だ? 射撃場だよ、ひーよこチャン。一応、手をつないでいるつもりにしといて。
ひーよこチャンとデートは京都笠取国際射撃場です。京都府は鳥撃ちが15日までですので、最後の日曜日になるこの日、射撃場は少なめ。

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この日はヘタクソクラブ顔なじみのお仲間のご希望で “スキートビギナーレッスン”のため先代がスキート射台に立ちました。“まずは肩付けの練習をして、肩付けをしっかり” みんなエッ? “いきなりですかぁ” と戸惑い気味。それには訳がありましてね、スキートは初めからヘンな癖をつけてしまうとなかなか直すことができないそうで、ついつい、クレーをあてることばかりにいってしまって、クレーを捉えるポイントすらわからなくなってしまいます。レッスンですので1番射台から8番射台までどこを見てコールするか、どのあたりで引き金を引くかを各射台ごとに説明。5人の内4人はトラップをする人で「トラップとは全く感覚が違います。クレーを撃っているはずなのにあたらない」「クレーが出る所から見えず、途中から見えるのが、レッスン後、段々クレーが見えるようになってきました」 そうなんですって。クレーのスピードに合ってくると見えてくる。

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アドバイスをもらって1発ずつ感覚をつかむまで撃ちます。クレーが割れると「めっちゃ、面白い」と真剣な顔から笑みがこぼれます


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どうですか? 皆さん、初めて挙銃をして撃ちましたが、いやー、なかなかサマになっているように思えます。挙銃が安定するにはまだまだ練習が必要ですけれども。そう言えばオバマ大統領もスキート射撃をするんでしたね。

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普段はこういうことをしてはいけませんが、今日はレッスンなので順番が来るまでとにかく肩付けの練習です。「ここはクレーがこういう風に飛んでくるので」と、イメージをとらえてもらいます。

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“あたるぞー” 「肩付けがちゃんと出来たらあたりますね」と、納得

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スキートは銃床を肩まで上げることによりタイミングをはかるような感じもしますし、リズム感があります。

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「おとうさん。こんな所でどうしたの?」 (上戸あや) 射面に珍客現る。シカの臭いを取って迷い込んできたみたいです。シカは現れますが、犬は珍しいらしい。

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8番はさすがに難しい。時計を見ると1時間半以上、射台に立っている。

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「あんまりこんな恰好で撃つ人はいいひんな」 一回、そのスタイルで撃ってみてほしいわ。
しっかりメモをとって、更に練習します。

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「ひゃー、お皿がひっくり返りそうやんかぁ」と、ひーよこチャン。この日は朝までバケツをひっくり返したような雨で、道中も心配しましたが、雨が止むと台風のような猛烈な風が吹き始め、スキート射撃にはバッドコンディション。クレーが突如上がる ガクッと下がる 踊りまくり。クレーが正規に飛ばないので気の毒でした。
来月からは射撃場も来場者が多くなり、この時期でなければ射台を独占して練習することができません。皆さん強風の中、熱の入った練習、お疲れさまでした。3月例会で上達具合を見せてもらいます。

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“さあ、行くよ” 宇治金時さんは遅ればせながら初撃ち。アメリカントラップも風はありましたが、ハエたたき射法で何のその。はずした時だけ風のせいにしておこう・・フフッ。一人射ちは久しぶりでしたが、自分のリズムで撃てて、照星にスーッとクレーが入り勘はにぶっていないみたい。ストレートクレーの粉砕は射撃の醍醐味満点。20才になったら射撃をしたいと思った原点です。射撃を始めたのが早かったのでゴルフにも他のスポーツにも興味はなかったです。クレー射撃は日常とは違う異次元の世界です。2.5代目や3代目は私が言うのもおこがましいですけれども“うまみ”のある射手ですし、「年寄りみたいな射撃をするな。キレのある射撃をしろ」と、それだけ言われました。イメージ通りの射撃ができているか、リズムを確かめながら、また、次回、3月のヘタクソクラブ例会で。

ブログをご覧の皆様に驚きの物をお見せしましょう。
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ジャン。金色の鍾馗さんです。金目の物、いえ、輝く物、光る物に目が無い私はこれを見つけ目が5倍くらい大きくなりました。京都の民家の軒には魔除けに瓦製の鍾馗さんが飾られています。御池通に面した“備前屋~” みたいな 大店(おおだな)は金箔屋さん。なので黄金色に輝いた鍾馗さん。粋ですね。金にあやかって金運祈願に手を合わせたくなります。中国人も好みそうだ。

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寺町通は丸太町通から四条通まで店舗が並び、街並みも著しい変化はありません。特に三条寺町辺りはギャラリーや古書店(写真)が集まっています。かつては河原町通にも古書店がありましたが、ほとんど無くなりました。古書店は専門書が多いので、立ち寄ることはありませんが、ギャラリーは出入りが自由なので、時間がある時は作品を拝見することもあります。
この日は百貨店で東郷青児や片岡球子の絵(1枚200万円以上)を見て、たまたま、アンティークの品販売の中に古い西洋人形が棚に20体くらい並んでいました。その中の数体が有名なジュモーのフランス人形で、初めてお目にかかりました。値段も高いと聞いていたので、どこにその値打ちがあるのか一度、自分の目で確かめてみたかったわけで、“100年以上前の古い人形です”と札に書かれている通り、手などは傷んでいましたが、人形は顔、というだけあって、透き通った目、長い眉、そして・・・・肌の質感です。白いわけではないのですが、ぬくもりが漂う肌なんですよ。血が通っているというか。人形とは思えないきれいな肌の人形はさすがに素晴らしい。“これ欲しい”と、思ってしまいます。子供の頃ならおねだりもできるのでしょうけれど、子供に与える人形ではありません。棚の隅にある人形は59万円。そして真ん中にある大き目の人形は・・・おいくらだと思いますか? 480万円デシタ。おーっ、PERAZZI EXTRA極上品と同じじゃんか。レクサス買えるよなぁ、と思いながらも30cmくらいの距離でずーっと人形の顔を見つめていました。もう二度とお目にかかることはないだろうし、そこに1時間くらいとどまっていたかった。テレビや写真ではその良さがわからず、展示会ならガラス越しになってしまうし、買えもしないのに骨董屋さんをひやかすこともできないし、偶然とは言え一度は見たかったジュモーの人形を見られて大満足。百貨店もやってくれますね。こんな高価な品をさりげなく並べてくれて。自分の目で実際見ることの大切さを改めて感じました。今年の“開運”のご利益なのか、わずか数時間の間に数百万円の品々を目の栄養とし、ほんの少しの時間、お金持ちになった気分だよ。

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梅にうぐいす ホーホケキョ。メジロです。梅の鳥かご、春ですね。桜も綺麗ですが、梅の方が色が濃く、花の持ちも良く、麗しいしだれ梅。日本の美を切り取った梅とめじろ。銃砲店のベーちゃん店長は写真が趣味で、右の写真を見せると「ええ写真」と褒めてもらいました。

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先ほどとは別のお寺にある枝垂れ梅。花火のように頭上から梅の花が降り注ぎます。地面まで枝が垂れて香りも楽しめ、目と鼻で春を感じられます。通りがかったおじさんが“天神さんの梅より綺麗やな”と写真を撮っていました。夜、この近くを通ると梅の香りが漂ってきます。水仙の香りをやわらかくしたような、ほんのりとした香りで、夜のお散歩もなかなかおつなものです。

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春と言えばお花見弁当。これは千本丸太町にある“四季なか村”さんのお弁当です。ご飯は月替わりで、2月は桜エビのご飯。おかずは女性向け一口サイズ。予約をして持ち帰りができます。千本丸太町付近には他にもミシュラン2つ星の光安さん、御所東から移転してきた厚凛さん、昼間はおうどん屋さんで夜はフランス料理店など、食べ物屋さんが増え、銃砲店の常連さんは携帯電話を受け“担担麺ができた。麺がのびるし、食べてくるわ”と、これまた向かい側の担担麺屋さんへダッシュ。この方のように銃砲店を素通りではなく、銃砲店へ行くついでにお出かけ下さい。
銃砲店にも春の新商品が入荷してきましたので、次回のブログに載せます。それまで少々お待ちを。
近江商人
02/13(Sat) 21:25|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
京都は1月末から順次、銃砲検査が始まっています。そして、この時期は弾や銃の廃棄が増えます。許可を取得するには時間がかかるのに返納はわずか数分であっけなく済みます。
やめる人もいる中、50年近く鉄砲遊びをしている常連さんに今さらながら「銃を持ったきっかけは?」と尋ねてみました。「あー、きっかけはね、祇園にキタ、ドリップコーヒー言うのがあってな、そこのマスターがね、何とか言う俳優によう似てて、芸妓はんや撮影所の連中がよう来てたんや。そこに○○さんがしょっちゅう来てはって、“鉄砲やらへんか”て誘われて、東山銃砲店に連れて行ってもうたんが初めやねん」 東山銃砲店ですか・・・宇治金時は名前だけ知っています。四条大宮近くにあったそうです。この銃砲店に出入りしていたという現役シューター・ハンターは人間国宝ものです。そしてその常連さんはこう続けます。「鉄砲屋さんはよう儲けてはるし、みんな角地に店があるって言うてたんや」 ハハハッ、なるほどそうですか。お話にあるコーヒーショップのように常連さんが集うお店が昔はそこかしこにあり、そこから人脈が広がっていったのだと思います。意外な所であの人とこの人とは顔見知りとか。今はそういう所が少なくなり、異業種交流や人脈作りをする目的で、様々な団体に所属するのが当たり前になってきて、4代目も商工会議所を始め、お誘いを受けることもありますが、先代自身がそういう所には所属せず、主人が店をしっかり守るという主義を受け継いでおり、どちらかと言うと銃砲店は“銃”という特殊な物を通じて常連さんの集う所ですので、ある種“魔界”のようであり(銃を共通項に様々な人が交流しているので)よく言えば“桃源”という感じで、私たちはそこそこ居心地の良い、ゆるくてユニークな世界だと思っています。撃つ鉄砲・口鉄砲・水鉄砲と三拍子揃った強者もいて、誰の事かな? 長年、射撃や狩猟を続けられる理由は「大好きだから」 それのみです。私たちの仕事は微力ながらそのサポートをさせてもらっているだけです。仕事を離れれば4代目はジムとプールで健康づくり、宇治金時は副業を通じて“人づくりのお手伝い”をしております。私自身は大勢で群れることが好きではなく、エンドレスな女子トークなる物は苦手です。

ネットショッピングでは北海道から沖縄までご利用頂きましてありがとうございます。私自身もそうですが、商品を購入するショップはどんなお店なのかな? (店舗のない所もありますが)、と思う事もあり、小林銃砲店はこんな店です・・・と、ブログを通じてちょこっと知ってもらえればと思います。

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ご友人二人が同時に許可がおり、店長は模擬弾で装填手順を説明中、4代目はスラッグ弾を使う時はこのチョークを、と、チョークの説明中。お二人は猟友会の先輩達と共に大物猟をされるので、3インチマグナム装弾をお使いになります。

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これはPERAZZI MX8用旧型ガンケースで、未使用品です。ケース内張り・スポンジが傷んでいるので、ドロップアウト商品でした。ところが、以前ネットショッピングでお買い物をして下さったお客様がPerazziのガンケースを探しているのだが・・・とのメールを受け、ご紹介した所、価格が合えば購入したい、とおっしゃり、大至急、お直しに出しました。職人さんいわく“ケース自体は丈夫なのだが、イタリアのスポンジが悪く、日本のスポンジの方がしっかりしている”とのことで、イタリア製ガンケースはスポンジが傷み易く、布生地が破れていなければ再生可能です。ネットショップには掲載していない品も多く、このように掘り出し物もありますので、気になる商品がありましたら、気軽にお尋ねください。

前回のバルセロナオリンピックの写真がどうも足りない気がしたので、もう一度、アルバムをゴソゴソ引っ張り出すと・・・ありました。ミニアルバム5冊にあと、こんな写真が。
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これこれ。銃をかかげた写真が一番です。MIROKU 5000T WATANABE スペシャルと言おうかカスタムと言おうか。おそらく自身が撃ちやすいよう、ミロク製作所で銃のアジャストメントを行っていたと思います。

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シューターにとってはやはりフォームが気になるでしょう。フォームは選手それぞれで、これという撃ち方はないのですが、左脚に重心がかかっているように見えますね。

本題でしたね。滋賀県は京都のお隣りで、滋賀県と言えば琵琶湖、近江牛、たねやにクラブハリエ。日本海に海水浴へ行くよりも近い琵琶湖で泳いだり、琵琶湖の水が京都の飲料水になり、京都とは親戚のような関係。関東の人に滋賀県はどこ? と尋ねると「新幹線に乗っていると雪が多くて徐行する所」と言います。それは関ヶ原、岐阜県。地味なので滋賀県を近江県にしようか、などの話を聞きます。ところがですね、去年、ある記事に目が留まり、1位東京都・2位滋賀県・3位神奈川県と、あるランキングに突如、滋賀県が登場しました。何だと思いますか? 滋賀県の人はご存知でしょうが。スマホ世帯保有率(普及率)です。これ以外にも光回線普及率、家電所有数、一人当たりの県民所得などのランキングでは上位にあり、県民の元気度はなかなかのものです。滋賀県は琵琶湖で東西が分断されているように見えますが、大津市からJR東海道線に乗れば京都駅まで10分、大阪駅まで40分と暮らす町として若い世帯が増えてきたのが理由のひとつです。そして、農業だけでなく、多くの大手メーカーの工場が雇用を生み、滋賀県は自然環境にも恵まれ住み良い所として支持されています。
また、滋賀県は江州とも言われ、年配の人は「近江商人」という言葉を知っています。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの精神は利益優先ではなく、我がことのみと思わず、私利を貪ることなかれ・・・という意味で、薄利多売の商売十訓の中には“紙一枚でも景品はお客を喜ばせる。つけてあげるもののない時は笑顔を景品にせよ” “商売に好況・不況はない。いずれにしてももうけねばならぬ” 等、現在にも通ずるものがあります。ただ、近江商人が通った後はペンペン草も生えぬ、と言われるほど、商いの手法は徹底していて、近江泥棒はがめつい・伊勢乞食はお金に細かいと、妬みからそう言われることもありましたが、合理化をはかった商人をルーツに持つ企業が結構多く、伊勢商人の三重県発祥の企業と言えば“越後屋”三井家、松坂屋、イオン、伊藤ハムなどで、近江商人は更に数が増え、伊藤忠商事、丸紅、双日、ヤンマー、日本生命、ワコール、高島屋、日本旅行など他にもたくさんあり、誰もが知る企業ばかりです。特に堤家が創業者の西武鉄道は滋賀県内にプリンスホテルや瀬田ゴルフコースなどを造りました。製造よりも物を仕入れて売りに行き、行った先でまた、物を仕入れて持ち帰り売るというスタイルが商社のビジネススタイルに似ているようにも思いますし、商人達の働きがなければ、ここまでしっかりした企業が生まれなかったかもしれませんね。企業だけでなく滋賀県出身有名人も多いです。“京都!!”って京都人はふんぞり返っていますけれども、私は堅実な滋賀県人と思いますし、一目、いや二目くらい置きたいですね。あくまでも宇治金時の私見ですので、この他に興味深いお話がありましたら教えて下さい。

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皆さんがよく知る比叡山です。京都側は昔、人工スキー場やお化け屋敷がありましたが、比叡山の表側は滋賀県、世界文化遺産の比叡山延暦寺。最澄が開いた天台宗のお寺で、過去の歴史では焼き討ちがあったりもしましたが、法然・親鸞・栄西・道元・日蓮など、日本仏教の開祖がここで修業をしていたという、仏教の源流のような存在であった事を知りました。

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これは去年6月に千本通を通った集団。ほら貝の音を聞き、外へ出ると既に遅し。これは比叡山延暦寺の修業、阿闍梨さんの一行です。「阿闍梨」と言うと、あの有名なお菓子を連想するのですが、もちろん、関わりはあるものの、こちらはお坊さんです。1100年の歴史がある千日回峰行と言う、7年間で1000日かけて地球一周分を祈り歩く修業で、比叡山中を祈り、歩きを何百日(最低でも1日30km)、9日間、御堂にこもり断食断水、不眠不臥でお経を上げ続けたり、比叡山中から京都市内を廻る(1日84km)ことを繰り返し、まさに“生き仏”と言われる阿闍梨さん。阿闍梨さんにはこのように多くの信者さんが一緒に歩き、その速度の速い事。以前、知り合いが“夜中1時頃に銃砲店の前を通っている”と言ってたように、昼夜問わず、歩き続けます。この阿闍梨さんは来年がその7年目の満行にあたり、京都大廻りを経て御所へ参内し、大阿闍梨となります。阿闍梨さんは真夜中、比叡山中腹から御所をのぞみ“国家安泰”の祈りを捧げ、京都市内の真夜中の夜景は輝く砂浜のごとく神秘的に見えます。我々が眠っている間にも手を合わせている人がいることに心がじんわり・・・ジュピターという曲が私の耳に流れてきます。
この話を常連さんにすると“延暦寺は滋賀県にあるのに滋賀県内を阿闍梨さんは歩かへんやろ。京都を歩くやろ” そう言えばそうですよね。京都側にお寺があると御所を見下ろす事になるから不敬になる気もするし。京都には墓石屋さんの「墓のない人生は儚い人生」とか、仏具屋さんのおかっぱ頭の女の子のが数珠を手に“朝に礼拝 夕べに感謝”なんて言うCMもあり、仏教は身近に感じますが、華美がなく、修業の厳しさや真摯に仏様に向き合う延暦寺は正統派だと思います。

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滋賀県のお客様も多く、一言で言うなら“おおらか”な県民気質。漁師兼猟師のお客様の品は「ごり」「いさざ」「小鮎」「イノシシチャーシュー」といずれもこっくりしたお味でいつも美味しくよばれています。琵琶湖は淡水魚の宝庫。旬の川や湖の恵みを頂けるのも滋賀県のお陰です。
伝説のメダリスト
02/04(Thu) 22:14|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
パソコンを入れ替えた為、パソコン音痴のドタバタとブログに使用する写真のアルバムを探すのと、ブログの写真がアップロードできないトラブルとが重なり、ゆっくり腰を下ろして作業をするには少し間があきました。
お節分はどちらかへお参りになりましたか? 京都の節分と言えば吉田神社、壬生寺、数知れず・・・節分は神社もお寺も問わず、お年寄りで市内はにぎわいます。吉田神社では福豆を買うと抽選で乗用車ヴィッツが当たるそうな。他にも甘酒やおいしいものをふるまってくれる所もあります。ここ銃砲店のあたりは北250m、西400m圏内に20以上のお寺があり、節分参りで年に一度たくさんの往来があります。銃砲店の男衆は歩いて3分のひょうたん寺へお参り。このお寺の門は節分の時だけ一年に一回しか開かず、商売繁盛の融通御守(ひょうたん)は・・・・1万円するそうです。ひょうたん、と言えば豊臣秀吉で、やはり縁のあるお寺です。

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出水通にある右手前がひょうたん寺(福勝寺)、その向こうは出水の毘沙門さま(華光寺)、この通りだけでも9つのお寺があります。壁の5本線でもわかるように格の高いお寺があります。意図的にお寺が集められたと考えられます。バス通の千本通からは異世界です。京都には○○寺と正式名でなく、通称名で呼ばれるお寺が多く、千本えんま堂・釘抜地蔵・だるま寺・つまとり地蔵、湯たくさん茶くれん寺、などなど、昔話に出てきそうな名前です。既にブログに載せた六角堂や黒谷さんもそうです。

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こんな看板はこの辺りならでは。法衣のクリーニング屋さんです。他にも墓いし屋さん・おぶったん屋さんがあります。銃砲店の目印、千本通に出していた鉄砲の看板は屋外広告条例に従い、撤去しました・・・・お客さんから「看板無くなって通り越してしまった」と、ご不便をおかけして申し訳ありません。

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これも寺、あれも寺、たぶん寺~愛の水中花~七本松通に並ぶお寺。平屋が連なるので西の空が開放的。とりわけ夏の日暮れ時は何とも言えない美しさ。仕事で頭の動きが悪くなると、この通りを歩き、排気ガスも吸いながらの深呼吸で頭をリフレッシュ。

いつも月末は忙しくないのに、1月は年初めに許可申請を出された銃の許可がおりた為、多忙でした。特に女性のご来店が多く、所持者の女性方の他、奥様同伴のお客様がこれまた多く、中には「お父さん、これ(この銃)にしたら」と私たち以上に勧めて下さる太っ腹の奥様や「このケースの方がいいのとちがう?」と一緒に商品を選ばれる奥様、ご主人と猟犬のお世話をする奥様と普段は無機質な店内も先週は華やかでした。府北部から来店されたお客様も長いおつきあいで、今でこそ車で来易くなりましたが、宅配便の無い時代は飛脚さんと呼ばれる丹後の運送業者が二条駅前にいくつかあり、丹後のお客様から「○○急便にことづけて」と、荷物を依頼しました。丹後は丹後ちりめんの産地で、京都市内の西陣や室町は二条駅が近く、商品が運ばれていました。
他にも今年ハンター1年生のお客様は初めてキジを獲ったと興奮気味で、猟犬も飼おうかと話をして下さり、これからの狩猟を担っていく頼もしい存在です。

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そしてたまに立ち寄ってくれるノリのいい外人さん。忍者と侍が好きで日本語はカタコトOK、4代目とはファミリーのような親しみを感じているのか「Why 坊主?」 と4代目に尋ね“ドラゴンボールのクリリン”に似ていると英語で言っていました。今日はこの衣装を着て壬生寺に行きたいから行き方を教えて欲しいと言うのでipadで4代目が教えていました。

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都タクシーに乗ったら「大吉」号で、五円玉の入ったこれをもらいました。北野天満宮で祈祷済なのだそうです。京都のタクシー会社も色々工夫がなされていて、写真のタクシーは大吉号ではなく、たまたま銃砲店の前を通ったもので、京都の細い道に適したこまわりのきくタクシーです。

銀行に預金をしていても増えないのが当たり前となり、預金者対象ではないものの利息どころか手数料を取られるなんて、理屈はわかっても、現実になるとは思いもしませんでした。お金がだぶついてくると銀行は日傘を差してくるし、物の値段が上がり、小売業にとっては「さして今、必要でないものは買わない」と、消費低迷を懸念するところです。消費税2%上がる事が気がかりでしたし、発熱している人に解熱剤を与えるような対処療法ではないかと、元の病気を治さない限りは手を打っても一時的な効き目でしかないと考え、昔みたいに経済が安定しなくなり、先が読みにくくなりました。世界はつながっているので仕方ないのかもしれません。
今度の日曜日は京都市長選です。候補者の乗っていない選挙カーはしらけて、京都市民は政治や経済への関心が薄いのか、新人は公約を現職は公約はもとより実績も評価され、投票率が低いとどうなるか。日曜日の午後3時過ぎ、烏丸通南行は三条通から渋滞し、四条通が越えられない。同じく夜はバスで烏丸錦から四条烏丸まで15分もかかり、歩きなら往復できるよな。渋滞は改善されているって市は言うけれど、どこを見て言っているのか。北大路通や千本通まで「四条通は迂回してください」と表示するのを見て費用29億円はドブに捨てたと思うしかありません。首長の器には帯に短し、たすきに長し・・・選挙の1票も難しいです。

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節分の少し前、大きな満月。いきなり見るとびっくりします。きりっとしたお月さんは写真だとぼやけてしまい残念。ただ一つの月は世界で同じ物を見ることができます。自然と月の方へと引き寄せられ思わず普遍のお月さんに手を合わせます。右大文字の陵線も月明かりでうっすら見えて、流麗な月にうっとり。夜でも素敵な景色に出会えます。

さて、本題です。今日は滋賀県のお話を取り上げる予定でしたが、happyなニュースが飛び込んできましたので、差し替えます。
先日、インドニューデリーで開催されたアジア五輪予選射撃大会においてスキート女子の石原選手が1位となり、リオオリンピックへの出場権を獲得しました。スキート女子では初出場という喜ばしいことです。既にトラップ女子は1つ得ていますので、女子は2名オリンピック出場が決定しました。クレー射撃では女子が2歩リードというところでしょうか。男子も後に続いて欲しいです。
私もよくはわかりませんが、海外大会に出場してオリンピック出場権を獲得するようで、オリンピック予選会で出場決定という方式とは異なります。
石原選手のおじい様とは2.5代目が全日本選手権でご一緒したり、おじい様は今の天皇陛下が東宮時代にクレー射撃の指導をされたと聞いています。お父様とは私ども先代が本部公式などで競技を共にしたこともあり、4代目もある事で石原選手と以前、お電話で話をした際「私どもの射撃場へも来て下さい」と気さくなハンサムウーマン。プライベート射場もお持ちのクレー射撃界の名家です。東京オリンピックも見据え、リオ大会でのご活躍をお祈りいたします。
そこで、クレー射撃のオリンピックメダルはただひとつ。(2.5代目がクレー射撃日本選手団の一員で、自ら撮った写真や記録が三冊のアルバムに分かれていたため揃えるのに手間取りました。)

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1992年 スペインバルセロナにオリンピックでは初めて日の丸が揚げられた瞬間ですが・・・・日の丸が写っていない。
当時、44才、トラップ男子代表の渡辺和三氏です。決勝はチェコの選手と同点のトップ。勝っても負けてもメダル確定の中、かたずを飲みシュートオフを見守る日本選手団。結果、惜しくも2位となりましたが、ご覧のようにさわやかな笑みです。渡辺氏はロサンゼルス・ソウルオリンピックに続いて3回目の出場で、ソウルでは表彰台まであと一歩の所で、バルセロナには期待が寄せられていました。ところが、後日談によると日本はバルセロナ大会のトラップ男子は出場権を獲得できず、オリンピックの1か月半前に幸運にも他国の出場権が回ってきた為、渡辺氏の出場が決まり、短期間で前傾姿勢のゆっくりとしたフォームに改造し、練習量も3倍に増やし、自信をつけて集中力を養いバルセロナへ乗り込みました。そして銀メダルまで一気通貫。見事、日本クレー射撃界初のメダルの快挙を成し遂げました。運も実力の内と言われるように幸運を引き寄せています。この年は成績が振るわなかった為、オリンピックが目の前に迫りながらもフォーム改造に取り組む決断はよほどの覚悟が必要だったと思います。集中力の秘訣は「絶対に勝つんだと言う自信」であり、その自信を作るのは一にも二にも練習だと。渡辺氏の笑顔にはこんなエピソードが秘められていました。

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上) 身長174cmの渡辺氏の射撃フォーム。2.5代目の眼から見た渡辺氏は「非常に無造作に射撃をしているように見え、どこにその強さたる精神力が潜んでいるのか、自分の行動と心理のリズムを実にうまくとらえている。特に下半身が非常に安定しており、射撃姿勢がくずれない。更に彼が身上とするトラップの基本、肩付け・ほお付け・グリップは素晴らしく、上半身は背柱が柔軟で鍛えられていて、身体全体に軟らかさを感じる。脚の筋肉はバランスの崩れを助け、後矢を慎重に狙うための大きな利点である。そして、彼はどうすれば動揺の少ないリズムに乗った射撃姿勢を得ることができるか研究をし、膝を曲げた滑らかなスイングで的確な射撃フォームが形成されている」
そして、渡辺氏が愛用していたのがミロク5000T。一躍、このモデルが注目されることになりました。日本製の銃で日本人が表彰台に上がり、国内も歓喜に湧きました。
下) 銀メダル決定の瞬間の握手。悲願のメダルに感極まり男泣き。こんな感動シーンを見届けられるなんて強運ですよね。2.5代目自身も東京オリンピックの予選会には出場したものの夢は果たせず、何十年もこの瞬間を待ち続けていた一人です。

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左) 1964年(昭和39年)東京オリンピック金メダリストのマタレリー氏。バルセロナ大会ではイタリアチームの監督として2.5代目と再会。ローマオリンピック金メダリスト、ロッシーニ氏と共に昭和30年代後半に京都を訪問してくれた時から交友がありました。
右) 帰国後の祝賀会で厚かましくも銀メダルを拝借して撮影。この数年後、渡辺氏の訃報に愕然としました。まだ、50才にも届かないあまりにも若すぎる年齢でした。ご存命であれば70才前ですか。未来のメダリストを育成するかけがえのない指導者になられたであろうに、惜しまれます。バルセロナ大会から24年、渡辺氏の銀メダルは今も輝いたままで語り継がれています。「そろそろ、私の銀メダルもくすんで来たし、綺麗なメダル取ってこいよ」とあの世から後進にエールを送っているかもしれません。