無事に一年
12/30(Tue) 20:30|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
今年もあと一日を残すところとなりました。
去年の暮れは“疾風を駆ける馬のごとく”と新しい年への思いを語っておりました。まさにその通りのあっと言う間に一年を駆け抜け、小林銃砲火薬店をご贔屓にして頂きました皆様のお蔭で良い年末を迎えることができ、ありがとうございました。

年内最後の営業日の今日は地元のお客様はもとより兵庫県・滋賀県・三重県など遠方からのお客様もお越しになり、しじみやつきたてのお餅を頂いたり、“どうぞよいお年を”と、お正月前の人の往来のありがたさを感じておりました。
閉店時間が近づくと“あと一時間か。何かさみしいな”と、珍しく四代目がつぶやきます。” この方なりに一年を振り返っているのでしょう。店長も今年は少し体調が戻り、無事に一年を終えました。きれい好きな小林クンはさっさとお掃除を終え、張り切ってお正月休みに入りました。
今年一年、ご愛顧頂きましたお客様に深く感謝を申し上げ、相変わりませず来年もお引き立てを賜りますよう何卒よろしくお願い致します。

今年最後のブログがあるはず・・・と期待して下さった方のために。
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Set of Five と言われる5挺セットの上下二連BERETTA特注品です 彫刻まではわかりませんが、Galeazziの彫刻で12番径が2挺と20番径が2挺、28番径が1挺で、それぞれに特製ガンケースがつけられています 我々扱う番径は12と20と410ですが、28というのもあるのですね。昔は16番径というのもあったそうです。

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写真が不鮮明で申し訳ありません。5挺の唐草などの彫刻は統一されていますが、彫刻モチーフはそれぞれ異なります。銃身の根元にペアガンはⅠ・Ⅱと表示され、シリアルナンバーはこの銃の場合、AAA001B~AAA005Bと通し番号です。
このような特注品にまずお目にかかることはありませんが、散弾銃と言えども奥深い。
そもそもどうしてペアガンというものがあるのか、疑問に思われませんか? 何でも高貴な方々が狩猟をする時、弾を撃ちきって自分で次の弾を装填はせず、1挺目をバンバンと撃ったら、おつきの人に渡し、2挺目に取り替えてバンバンと撃つのだそうです。なので2挺必要とか。はあー、そうなんですか。知りませんでした。
英国ではハンティングは昼間の社交場だったのでしょうし、日本の皇室や宮家がロンドンガンを所有していたのも国外の来賓をもてなす為だったとも聞いています。
そういえば何年か前、天皇陛下がまだお若い皇太子殿下時代、FNの単身自動銃でクレー射撃をされている写真が週刊誌に掲載されていました。これはベルギーへ訪問された時におみやげにもらわれた品で、実際にお使いになったわけです。皇太子殿下はえらく気に入られ射撃を続けたいとおっしゃったそうですが、叶わなかったみたいです。

さて、忘れていました。GUN SHOWに来場していたヘタクソクラブメンバーさんとは…この方でした。
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答えはシーさんです。

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ジャーン。やきもちです。その名の通りあん入りのお餅が焼いてあります。京都ではポピュラーなお菓子です。
神社の門前や茶店には名物餅菓子があり、上賀茂神社はやき餅、下鴨神社はみたらしだんご、今宮神社はあぶり餅、北野天満宮は長五郎餅や粟餅、城南宮はおせきもち、という風に。いずれも素朴なお味ですけれども、初詣にお出かけの際にはご賞味ください。

では皆さま、よいお正月をお迎えくださいませ。
新年は5日月曜日より営業いたしますので、よろしくお願い申し上げます。
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全国高校駅伝
12/21(Sun) 17:25|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
朝からヘリコプターが飛び、そうそう今日は全国高校駅伝の日でした。先週も北大路通や千本通をトレーニングするランナーをよく見かけました。
寒さも少しやわらぎ快晴。応援に行くつもりはなかったのですが、NHKの上空からの中継で丸太町橋を渡る選手の姿を見て、京都の街ってきれいだなあー、っと。そうだ、応援に行こう。銃砲店から下立売通をまっすぐ西大路通まで行くと第6中継地。徒歩15分なので、トップランナーが千本北大路にさしかかった時によーいドン。家を出ました。ランナーは北大路通から西大路通へ一直線に南へ向けて下ります。宇治金時は西方向へ中継ヘリは南方向へ、徐々にヘリが近づいてきて
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あー来た来た。中継地の手前250mくらい前でヘリは宇治金時の頭上を通り越していきました。
トップ集団を見ることはできませんでした。
DSC00520.jpg駅伝
中継所はこれから走るランナーがウォームアップに余念がなく、走り終えたランナーも入り混じって近づけません。走りを終えたランナーもしんどそう。この付近の医院やお寺など休憩所として開放していて、地域の人たちもランナーを力づけます。

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急いで中継地点よりも北、わが母校、北野中学校の向かい側から選手を応援。沿道の人たちが絶えず拍手と「がんばれー」と声援を送ります。写真でもおわかりのように道路が下がったり上がったりしています。向こうに見えるのが円町交差点を越えたJR嵯峨野線の高架。西京極競技場から折り返し点の宝ケ池までの高低差は80mとか。北へ行くほど標高が高くなるので当然のことながら往路を走るランナーはきついと思います。

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沖縄県のランナーもがんばっています。トップから10分ほどで全ランナーが通過します。この区間は烏丸通紫明から堀川通、北大路通、西大路通と5kmを走り、北大路通では船岡山のアップダウンの連続が難所なのですが、わずか15分くらいでここまで走ってきます。高校生とはいえさすがに早い。
画面左手の建物が北野中学校。ドラマドクターXでメロンを持ってスキップしている俳優さん、岸部一徳さんは先輩です。今は俳優さんですけれども、沢田研二さんのザ・タイガースのメンバーです。中井貴一さんのお父さんで俳優だった佐田啓二さんも卒業生で、MR.タイガースの吉田義男さんのご実家もこの中学の南側にありました。この日学校は競技関係者の控え所として開放されていました


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必勝大牟田高校駅伝部と書いてあります。福岡県ですか。高校生の花形競技と言えば、甲子園の高校野球ですけれども結構この駅伝にも大勢の応援団が駆けつけています。宇治金時は男子を見ましたが、その前に女子も行われていました。女子は男子の半分の距離を走ります。
ちなみに女子の順位は大阪薫英女学院・立命館宇治・常磐高校の順。男子は世羅・佐久長聖・埼玉栄高校の順でした。
そして年が明けると全国女子駅伝が同じコースで開催されます。これまた日本のトップランナーも加わり盛り上がります。
出身地・出身校・所属チームが京都ゆかりの女子ランナー、すぐに名前があがる人だけでも千葉真子さん・早狩実紀さん・福士加代子さん・野口みずきさん・小崎まりさん・木崎良子さん等。

駅伝バス
最終ランナーの後に救急車や「解除」と標識をつけたパトカーが通過して交通規制が解除され、毎年ですから手慣れたものであっという間に片付けられます。歩道のごみを集めるボランティアの学生さんもいて、若い人たちの熱気を感じて動いてもいないのに体に汗をかいていました。やっぱりスポーツっていいですよね。見ているだけで感動します。
ランナーを乗せてゴール地西京極競技場へと向かうバス。みんなお疲れ様。けがなく完走できてよかったですね。
京都の子供達も駅伝を間近に見ることができ、京都では年に1回“大文字駅伝”という市内小学校の代表校が約16kmを10区間で走る駅伝があります。以前、見た時は女性の白バイに先導されて、審判長と標識のついた小型車の青いマーチが並走し、なかなか本格的でありながらも子供らしい雰囲気があって、もちろん、走る子供達は真剣で中には苦しそうな顔をしながらも頑張って走っている子もいて、いい大会だと思います。これも全国級の駅伝大会が年2回京都で開催されるお蔭かもしれません。


お寒うございます
12/20(Sat) 19:42|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
やはり今年は雪の降るのが早かったですね。市内も今週わずかに積もりました。暖冬だ・・・とも言われていたような気もしますけれども。
そんな寒い中“年金入ったし、弾買いに来たで”と元気なお客様もおいでで。店内それほど暖かいわけではないものの、話はヒートアップし、「あー、あの何て言う名前やったかな、ほらあの奈良の・・知らんか・・・ワシら、こんなんしょっちゅうや。名前が出てきいひんにゃ」 “あの・あれ・それ・・” 会話は珍しくなく、時には日本語なのに通訳をしなければならない事も。耳が遠いから。耳が遠い者同士の会話がかみ合わないので、中に入って通訳をしてあげます。

さて、何しろ今年は選挙が年の瀬に行われたので、出遅れ感を引きずり、歳末の勢いやクリスマスの華やかさが薄れている気がします。やはり投票率も悪かったみたいですね。選挙への不満は後回しにして、今日の記事は「錦之介氏とジェームスパーディ」のことを。
GUN SHOWの記事でも触れましたが、錦之介氏は長年クレー射撃をされておりました。
2代目が急逝して間もなく、2.5代目が銃砲店を継いだ頃、「おじさんいる?」と運転手付の車で撮影所からやって来られたのが初対面。錦之介氏は若い主人に少し驚かれたそうです。年齢は2.5代目の方が2才年下でしたから、すぐに意気投合。これが昭和30年代中頃です。
その頃、東映は時代劇映画の全盛期で、錦之介氏も東山近くの家から撮影所へ通ってらしたそうです。とにかく何かにつけて大勢の人と賑やかに騒ぐことがお好きだったとかで、2.5代目も度々、ご自宅へ寄せて頂いたそうです。
そして、自宅でスタッフさん達と一晩騒いで朝、目覚めると全く知らない人が何人か居て、どこの人かわからないこともあったり、外で飲んだ帰り、おでん屋さんの屋台を“屋台ごと買えー”ということになったり、数えきれないエピソードがあります。
元々は狩猟を先に始められ、自動銃をお使いでした。2.5代目と福井県へ出かけたり、琵琶湖にモーターボートを出してカモ猟をされていたそうです。特に仲の良かった俳優の岡田英次氏や錦之介氏の兄、みきお氏(中村獅童丈の父上)と出かけられ、ほどなく、狩猟は止め、クレー射撃だけをされていました。
その、みきお氏が一人で左京区方面へ猟に出かけた時、シカを仕留めたということで、キョウレンのタクシーにシカを載せて銃砲店までやって来たのに2.5代目は驚いたと。

錦之介氏は射撃銃はPERAZZIを愛用され、京都の山科射撃場でいつも練習をされていました。もちろん、ご自身の銃は私どもでお預かりし、引き金が軽かったことを覚えています。
京都では昼間は旅館・撮影所・射撃場を行き来するパターンでした。
その後、ジェームスパーディを所持されます。

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そこで、パーディについてご説明を。英国の水平二連銃で、銃身が左右についています。引き金をご覧ください。両引きと言いまして左右銃身それぞれに引き金が独立しています。
これら英国の超高級銃ブランドはロンドンガンと称されています。射撃場でほとんど見る事がありません。その通り、射撃用の銃ではないからです。軽くて繊細なので数を撃つ猟銃ではありません。つまりpigion gunで鳥や小動物向けの狩猟銃でして手っ取り早くイメージするならば「華麗なる一族」の主人公鉄平のハンティーングシーン。ハンチング帽にツイードのジャケット、ロングブーツという出で立ち。
もちろん、一般人でもオーダーすれば購入できるのですが、王室貴族御用達ブランドですので、目が飛び出るくらいの値段。車で言うならPERAZZIやBERETTAはBMWやメルセデス級でバーディはロールスロイスというところでしょうか。
日本国内でもパーデイやジェームスウッドワードなどロンドンガンを所持している方はいらっしゃいます。コレクターもいるそうです。私どものお客様にもお持ちの方がいらっしゃいます。この銃は宮家から出た物で、これくらい稀少な銃になりますと所有者の履歴というのも付加価値になりますし、サザビーズなどで流通するのも珍しくありません。

錦之介氏は若いころ双ヶ岡の自宅にある年配の紳士を招き、その紳士は学生時代を含め英国での生活が長く、上流社会に精通し、英国での狩猟やロンドンガンの話が尽きなかったと。その影響もあって後にパーディをお持ちになったのではないかと推測します。その紳士とは・・・白洲次郎氏。故吉田茂首相の側近で、実業家でもあり、錦之介氏夫人の有馬さんが白洲氏と知り合いだったことからお会いになったそうです。
錦之介氏のパーデイの前所有者は把握しておりますが、PERAZZI・バーディー共にこの後、どなたに譲られたかはわかりません。

はあー、選挙に600億円も使ってしまって、他の予算に回せばいいのに。選挙の結果何が変わったんでしょうね。
それよりも700人余りいる国会議員を減らすべきではないかと。日本の国は人口も減って小さくなっているのになぜ中枢はコンパクトにならないのかと。現状では小回りがきかないし、機動力もないし、議員一人一人がしっかり仕事をしているようには思えません。政党が数で押し切ってしまう危うさ。
大阪市議会を見ていればよくわかりますよ。ことごとく与党に反対を押し切られています。政党て必要かなあ。政党助成金なんぞ無駄金まで生じているんですからね。
マスコミは若い世代が選挙に無関心であることを取り上げていました。もっともですよ。政治が身近に感じないのですから。若い議員でも30才代で、20才代なんてほとんど見かけない。そもそも25才とか30才の年齢制限を設けること自体、時代にそぐわない。小泉議員のように活きのいい人がどんどん出てきて、若者を引き付け等身大の意見を政治に生かさないといつまでたっても無関心はなくならないと思います。例えばトランプする人はわんさかいるのにカードをたくさん持っている人は古参の議員でその他の議員は頭数だけでカードを持っていない。そして古参がエースを切って、おしまい。勝負は別として全員が持っているカードをどんどん切っていくことが必要なんだと思うんですけど。
消費税増税もしかり。たかが2%のアップじゃないか・・・の話なのですが、ウンウンとはうなずけないですよね。
消費税は万人から取れる税ですが、その他の税にしても更に増税という決まったパターンには不満。納税は国民の義務で公平であると学校で教わったんですから、更に増税以前に減税や免税の部分に「もう少し負担協力してもらえませんか」と持っていってからするべきでしょう。税は優遇されて価格競争はない何とか法人ていーですよね。お金でなくてもせめて別の形で社会に貢献してもらいたいです。。少ないながらも納めた税金が誰かの役に立っているという互助精神があるからみんな応じているんですよね。ふるさと納税みたいに国税も寄付性の方法も考えたらおもしろいと思います。
高齢化で膨大な医療費と言われている中、先日、1製薬会社で年間360億円余り、研究機関や医師の謝礼として寄付に充てていると知り、そんなにお金があるなら薬代安くできないの?っと思いました。
研究にお金がかかるのはわかりますけど、国家財政にも理解を示してもらって改善できることは見直してなるべくつぎ込むお金を少なくしていくべきではないかと思います。でなければいつまでたっても増税は国民の義務になってしまいます。

まあ研究ついでに「おぼかたチャン」 本当にSTAP細胞は存在しなかったのてしょうか? 発見・発明って失敗から生まれるってよく言うじゃないですか。何年後かにどんでん返しが起こったりしないのですかね。
あの世紀の発見の事を宇治金時は知らず社長に「知らんの?この人のこと?」っておちょくられました。「実験室でホットケーキでも作ってるのか」て見誤ってしまいましたが、私大理工学部出身が快挙。いや瓢箪から駒。
今となってはノーベル賞受賞者と比べると幼稚園児レベルの研究者と言う人もいて、そもそも研究の基礎・作法がかなり違うらしいです。研究環境にしても人材にしても予算にしても私学と公立では雲泥の差。だから彼女が理研のようなエリート集団の一員であったこと自体、実力ではなさそうと。
でも、LEDの中村氏は「日本人の真面目さが研究に向いているし、日本の教育水準は高い」とおっしゃっていて、この言葉に救われました。おぼかたチャンもこの言葉を素直に受け止めてほしいです。
以上、妄想癖がある宇治金時の私的意見でした。
年内は30日まで営業
12/12(Fri) 17:40|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
あっ、雨が降ってきた。
師走と言えども、年の瀬の慌ただしはまだ感じません。年賀状を用意したり、お歳暮が届いたり、そんなところです。
急に円安が進むものですから、輸入品の仕入れも見合わせていましたけれどもお正月休みはネットショッピングのアクセスが増えますので、新商品を掲載せねばなりません。小林銃砲火薬店は年内は30日、午後5時まで。年始は5日、午前10時より営業いたします。

さて、GUN SHOWのブログ写真の中にヘタクソクラブのメンバーさんがいます。誰でしょうか? と言っておりました。
おわかりになりましたか? “わかった人は手を挙げて” 
ハーイ
正解の方には何か差し上げます。

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電動ガンではありません。FXボブキャット。お客様のお取り寄せ品です。許可適合銃です。猟銃よりもかなりお高い価格です。他の空気銃よりも全長は短いです。昔のCO2ガスを充てんするタイプや中折れ式の圧縮タイプとは型・性能ともに全くちがいます。空気銃ではプレチャージ式が主流となってきました。空気銃でシカ猟ができますか? という質問を受けたことがありました。実際、撃ったことがないので何とも言えませんが、駆けているシカを仕留めるのは難しいのではないかと思います。散弾銃の方が確実です。

銃刀法が改正され数年が経ちました。現在、警察庁HPではこれに関するパブリックコメントを募集しています。
警察庁HP右欄、“パブリックコメント”をクリックして、12月12付の「銃刀法~意見募集」をクリックしてください。
所持者の方で関心のある方はコメントをお願いします。

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二条城で午後5時からアートアクアリウムという金魚や鯉を使ったイベントがありました。今月14日までです。
開催当初は90分待ちの長い列ができていましたが、さすがに寒くなるとすいてきます。
この時期に金魚を見ても寒気を感じてしまいますが、これまた夏ですと金魚が弱ってしまうのでしょう。それは大量の金魚達です。大きな水槽に映像を加え、優雅に魚たちが泳ぎます。着物の柄が生きた金魚とか。

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地球儀に見立てた中で鯉が泳ぐ水槽。これもかなり大きいですが、巨大金魚鉢は直径2.4mあって1000匹の金魚が泳いでいるとか。重さも相当なものだと思います。

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巨大金魚鉢の傍では花魁が舞います。ライトの加減で色が悪いですけれど。月形小太郎? ・・・と勝手に名前をつけ年の頃は23くらいか? 荒城蘭太郎という19才の大衆演劇の役者さんでした。男の人でも若いと肌にはりがありますね。
そもそも花魁のこしらえは歌舞伎でも重くて20kgもある、と聞いたことがあります。到底きゃしゃな女性では衣装をつけて踊ることはできません。花魁道中がせいぜい。
珍しい金魚たちも見られました。四代目に似た頂点眼や江戸錦など愛らしい金魚。

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これは二条城の金魚ではなくてご近所のお寿司屋さんのオランダシシガシラとらんちゅうです。
いずれも大きさがゆうに20cmはあります。ですから水槽の底を泳いでいて、水面へ浮上できません。これくらい大きいと泳ぎも優雅ですよ。10才とおっしゃっていましたが、特に大きな金魚を買ってきたのではなく、普通の金魚からこれだけ大きく育てられたそうで、女将さんがすかさず“飼い主に似てるでしょ”と。そういえば、そうかも。オランダシシガシラはこぶが大きくて目がどこにあるかわかりません。金魚の動きがかわいくてずーっと見ていても飽きません。“小林さんも飼ったらいいのに”と大将に言われ「いえいえ、自分の事で精いっぱいですから」
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こんなな金魚、見たことがありません。思わず微笑んでしまいます
本年最終射撃大会
12/09(Tue) 14:45|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
例年よりも雪の降るのが早く、聞いたことのない四国での大雪。
京都府北部や福井県でも雪が降り、寒風吹き抜ける中、弊店主催の謝恩射撃大会を開催しましたところ、大勢のご参加を賜わりましてありがたくお礼を申し上げます。
雪が降る福井県からも3名お越し頂き、「福井は雪が降っとるけどぉ こっち、京都の方が寒いでぇ」と。
この時期は狩猟シーズン真っ只中、山へ出かける予定の方も、「寒いしどうしょうかなあ」と、ためらわれた方も、もちろん、この大会を心待ちにされていた方も射撃会へ足を運んで頂き、お蔭様でこの一年の締めくくりにふさわしい会となりました。
普段のヘタクソクラブとは違い、弊店の射撃大会ですので、参加者が少ないと活気づきません。
本来ならオープン参加でどなたでもお越し下さい・・・とするべきですが、人数の都合もありますし、何よりも「小林銃砲火薬店」を日頃からご贔屓にして頂いているお得意様へのわずかながらの感謝の気持ちがこの大会の趣旨でございます。
皆さまに十分ご満足頂けたかわかりませんが、本年のご愛顧に厚くお礼を申し上げ、来年も相変わりませず、お引き立てのほどよろしくお願い申し上げます。


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控室はあったかいですヨ・・・その控室では待ち時間の間に射撃DVDを放映していました
この絵、4代目の似顔絵?

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頭から風邪をひくといけないので4代目もニット帽姿
待ち時間も日当たりの良い所で寒さしのぎ

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競技が終わると「今日は何があるのかなあ」と・・・品定めする人、「ホタテ・カニ・肉どれ狙いにする?」と相談する人
そして、「活ガニ生きてる 大丈夫」と最終チェックをする3代目と店長
閉会後、「また来年なっ よいお年を」とあいさつして下さるお客様もいらして、春が来るのが待ち遠しくも思えました。

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射撃場からの帰路、国道一号線から見る西北の愛宕山。比叡山よりも高く“比叡山と喧嘩してコツンとたたかれたからコブができた”ので比叡山よりも高くなった、なんていう昔話もありますし、“火迺要慎”の火伏札でお馴染みの愛宕さんです。登るルートは清滝を主にいくつかあり、私たちは昼間、高雄ルートで上がったことがあります。途中、かつて砕石場として使われていた所があり、山肌が見え、愛宕さんの傷のように見えた時もありましたが、今は植林され元通りになっています。毎年7月31日夜から愛宕神社へお参りする千日詣にはたくさんの人が訪れ、3才までに登ると一生火事にあわないという言い伝えがあり、子供を背負って上がる姿も見られます。
比叡おろしに愛宕おろし。比叡山から吹き下ろす風で洛中の火災が延焼するのを愛宕山からの風が食い止めるとも言われ、火を伏せる・・・と言われるようになったとも。

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対向車の向こうに京滋バイパスの橋脚が見えます。実はこの久御山ジャンクションの橋脚、京都市内北西にある“京見峠”からかすかに見えました。かなり距離がありますよ。京都は北へ行くほど標高が高いので山が低くても見渡せます。京見峠・・・字のごとく京の街を見渡せる峠です。ただ、樹木が茂って眺望は不可とも。残念です。今は眺望では将軍塚の方が知られているのですが、銃砲店のある千本通を北へ突き当たると鷹峯に至り、更にそこから杉阪(国道162号 高雄の奥)へ向かう旧道の途中に京見峠があり、峠を越えると氷室(ヒムロ)集落があります。こおりのむろ。平安時代、冬の間に積もった雪をこの地区の室に入れ、夏に氷にして御所へ献上したといういわれ。氷室から御所まではそんなに遠くはないと思いますが、その時代、大きな氷の塊をかついで、御所に着くころには融けてどのくらいの大きさになっていたのでしょうか。夏の氷にまつわるお話があったと記憶し、調べると・・・そうそう、初夏に食べる和菓子の水無月でした。健康で夏が過ごせるように高貴な人は氷を口にしますが、庶民は氷の代わりに水無月を食べるようになったらしい。また、氷室辺りの道沿いに水が湧き出ていてタンクに水を汲む人を見かけたことがあります。この旧道が狭いことは知る人は知っています。
紅葉シーズン、京都府射撃場の帰り、国道162号線は高雄が混雑するので、う回路としてこの旧道を使いましたし、中学生の頃、御室から杉阪まで飴ちゃん3コをもらい耐久マラソンをさせられた嫌な思い出もあります。宇治金時の事ですから走れるわけもなく“歩かずに走りなさいー”っと体育の先生に毎度、せっつかされてました。杉阪近くの道風神社のベニカナメ? でしたっけ生垣が赤くきれいだったことも覚えています。