ジュラシックパーク
07/26(Fri) 15:00|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
モノクロ写真が続きましたので、お口直しというかお目直しに今日はブログで一番人気のある"彫刻"のお話し、2回目です。
あえて何もコメントはいりません。こういう彫刻が実在すると言うことをお伝えするだけです。
これはスティーブンスピルバーグ監督が1995年にIVO FABBRI社へスポーツ銃を依頼しました。
そして、お抱えの彫刻師Mr. Torcoli氏が請け負うことによりスピルバーグ監督も大絶賛の後世に残る逸品が完成しました。

ジュラ1
プリントしたシールをペタッ・・と貼っているのではありませんよ 彫刻です
どうも銃は2挺あるらしく、どちらも"THE LOST WOLRD"の公式文字が入っています
後日、伯父(2.5代目)から「ジェームスバーディなどに見られるように、特注銃はペアガンと言って2挺1セットが標準」と聞かされました。


ジュラ2ジュラ4
正統派イタリア彫刻ではなく、まさに絵画・映画風にするということがとても難しく、とりわけ彫刻師はイメージだけでスケッチから彫刻までを一手に引き受けます
トリセラトプスなど映画に登場する様々な恐竜を始め陽が沈む様子、火山噴火、硫黄灰、土けむりなど細部まで描き映画のイメージを凝縮した"秀作の極致"です

ジュラ5ジュラ6
公開されたスケッチ画のひとつと右が完成後
彫刻師はプレッシャーの下、下絵を監督に見せた後、彫刻作業に入ったということです
この彫刻師は現在60才くらいと推定され、当時は40才過ぎくらいですか
彼は早くにその才能を見いだされ、技能は言うまでもなく、その独創性で評価を高め、現在はどのような作品を手掛けているのか気になるところです
資料)IL GRANDE LIBRO DELLE INCISIONI
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理想の射撃場
07/19(Fri) 18:50|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
2回にわたって掲載した射撃場のブログをご覧になった方から「歴史的価値のある写真で、興味深く見ました」と感想を寄せて頂きました。ありがとうございます。うーん。写真にも感謝。よくぞ残っていてくれたと。
私どもが例外ではなく、皆さんの行きつけの銃砲店さん、射撃場さん、所属する団体さんにもこのような懐かしい資料が残っているかもしれません。
次のブログは8月のつもりでしたが“ブタもおだてりゃ木に登る”ということで、調子づいて射撃場シリーズをここで締めたいと思います。

西陣
町内会の集合写真かいな? いえ、そうではありません 写真右側に昭和11年7月 於金閣寺 
西陣猟友会実弾射撃大会と文字が入っています 戦前です 後列右から2人目が2代目主人、その前に男の子を抱いて座っている人が初代主人で男の子が2.5代目です 現存する写真ではこれが一番古いと思われます 
西陣猟友会と言いますと私どもが今も事務局で、この写真の時から数えても77年ですか
そんなに古かったとは知りませんでした 
昭和40年代には700名の会員が在籍し、その頃、狩猟登録の受付だけで3日間かかったとのこと それが今では150名余りとなりました
西陣地域にある猟友会ということでこの名が付き、会員すべてがこの地域の人たちというわけではありません
事務局が銃砲火薬店なので何かと便利ということで皆さん在籍されています

3代目に改めて射撃場のことを尋ねると、この写真にある戦前の金閣寺射撃場はライフル射撃場だったと。
この時代にライフル銃があったのか? 軍隊があったからライフル銃もあったのだと。
そしてGHQの希望もあり、2代目主人がGHQのアシスタントをしていた関係で昭和25年に有志が集まり先の金閣寺射撃場を閉め、近くに新しくクレー射撃場を開場し、昭和31年にリニューアルをして昭和36年か37年に立ち退きとなった後、宇治木幡の射撃場が開場した。
ある意味、射撃の本場アメリカ、GHQの影響でクレー射撃の文明開化みたいなものが京都では起こったのでしょうね
小林兄弟が言うには東京オリンピックの会場であった所沢射撃場はその時代では一番の射撃場だったそうです。
昭和11年のモノクロ写真の射撃場から51年後の昭和62年に京都府射撃場が誕生しました
この射撃場は昭和63年京都国体のクレー射撃会場としてトラップ・スキート各2面を擁し、射撃場の候補地選定から設計まで小林兄弟が関わり長年の競技人生の中で国内外の射撃場を回り「日本屈指の射撃場」、彼らの理想の射撃場を具現化したものです。丁度、バブル時代に差し掛かり、建設費もかかっていますが、施設もそれに見合った立派な物が出来ました。この射撃場を見学に訪れ、クレー射撃を始めた人がどんなに多かったことか。
現在は休場中ですが、京都のみならずこの射撃場を一日も早く開けてほしいという声が絶えません。

DSC05028.jpg
残念ながらきちんと撮った写真がありません
京都府射撃場のトラップ射面 パノラマ写真でギリギリです バックストップまで80m以上あるので飛行したクレーはストンと芝生の中へ落ちます 失中しても気持ちよくクレーがサーッと飛んで行くので腹も立たない

DSC05037.jpg
スキート2射面 望遠で撮っています 
この射撃場のオープニングイベントには芸能人文化人ガンクラブの会員を招き、三橋達也さん、高木ブーさん、松方弘樹さん、本郷功次郎さん達も参加した射撃大会を開催しました。
新射撃場には地元の人々や参加者とその家族が集い、ホテルでのパーティーでは射撃を愛する者同士の交流をはかりました。新射撃場完成の喜びと京都国体への期待に満ちたものでした。

年々猟銃所持者が減少する中、今さら射撃場を開けたところで、という意見もあろうかと思います。
しかし、この射撃場を含め、この時代は国体開催地では仮設であれ新設であれ国体射撃場を建設しました
ところが、いつからか既存の射撃場を改修するなどして経費節減の下、国体は行われています。
つまり地区ブロックには毎年あるブロック国体(近畿では近畿国体)が行える射撃場が必要で、国体開催県に射撃場が無いならば、その地区にある国体に対応できる射撃場として大きな射撃場の存在意義はあると考えますし、国体会場となれば公営施設というのは自然な流れで。更に世界に通用する選手育成のためのトレーニングセンターの役割も担うでしょう。
京都府射撃場で強化練習をした京都府代表はトラップでは山形国体、スキートでは熊本国体で個人優勝を果たした実績がそれを裏付けます。
全日本選手権、本部公式そして海外選手との親善大会などトップシューター達の射撃を見ることができたのもこの射撃場のお蔭です。
ゴルフで言えばプロトーナメントのできるゴルフ場とアマチュアが手軽に利用できるゴルフ場があるように
射撃場もね。

京都国体
京都国体最終ラウンドを終えて地元競技役員から労いをうける3代目
初めて国体で親父の射撃を見た4代目
親父は毎年のように国体へ行っていたので、国体ってそんなにスゴイものだとは思わなかった
京都府はスキート団体で3ラウンド目まで10位 入賞へ食い込むためしんがりを務めた3代目は4ラウンド目24点で上がり、94点で個人5位、団体7位の結果でした
自分の理想とした射撃場を舞台に国体入賞を果たし、表彰式ではちょっぴり涙ぐんでいた3代目でした
国体では何度も入賞していて今更って感じですが、やはりこの時は地元開催ということと選手と役員の兼務であった為、国体開催のために数年間、走り回っていましたから、万感の思いだったことでしょう。
私、宇治金時は京都国体では総務委員を任命され、集計本部でラウンドごとに集計された成績を各府県の休憩所へ配布をしたり、休憩所では顔なじみの選手達と雑談をしたり、場内を動き回っていました。とにかく朝、4時ごろに起きて家へ帰ってくるのが夜8時というのが大会期間中毎日でしたので、それがきつかった。そうそう、銃器保管係(選手の銃はすべて会場で預かります)の人は保管室に畳を入れてそこで寝泊りをしていたからもっと大変でした。店長もそして3代目も交代で泊まっていました。射撃場にはお風呂が無いので射撃場のパートさんの家が近くにあり、そこのお風呂を借りたりもしました。
でも、国体っていいものですよ。

2020年 東京オリンピックが決まれば久方ぶりに新しく射撃場が建設されるのでしょうか。
ここまで3回に亘って射撃場についてのお話におつきあい頂きましてありがとうございました。
モノクロ写真は見づらいですね。次回はカラーを用意します。
まだまだ射撃の話は続きますよ。




スキートマンクラブ 夏会
07/17(Wed) 22:05|スキートマンクラブcomment(0)trackback(0)edit
7月15日に上野射撃場で今年2回目のスキートマンクラブを開催しました。
DSC05013.jpg
エースクラス 同点競射の2名 山田氏は惜しくもヘタクソクラブに続き2冠とはならず
次回、再度、優勝を目指してチャレンジしてください

100点満点
エースクラス
1. 吉武 78点 京都  2. 山田 78点 京都  3. 細井 77点 京都

チャレンジクラス
1. 玉村 69点 大阪  2. 大野 68点 京都  3. 大空 68点 京都 

今日はクレーが見える写真を載せています
オレンジのクレーが見えますか?

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画像を拡大するとクレーが見えますよ 命中してるかな?



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のんびり ゆっくり 順番がくるまで・・・
DSC05011.jpg

見えたのはクレーでは無くて、銃口からの煙でした  大砲
 

 

57年前の射撃場
07/13(Sat) 14:20|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
今日から3連休というのにいきなり雷雨に見舞われました。
前回のかつての射撃場の話題はみなさん興味深く見て頂いた様で、今日は引き続きこのお話をしたいと思います。
まあ、かつての射撃場と言っても私を含めほとんどの方は知らないわけで、関心のない人もいると思います。
皆さんお一人お一人に思い出があるように、私たち小林家にとっては貴重な資料でして50年が経てば
ただ、家で保管しているよりも多くの人々に見て頂くことにも価値があるかな・・と思っています。
私個人としては知らない写真を見て"想像をかき立てる"のです。
昭和30年代のことは3代目と2.5代目しか知らないと思っていましたが、おっと、もう一人忘れておりました。
小林銃砲火薬店店長の渡辺のー君です。
金閣寺射撃場の写真を見て、"私、ここでクレーを出すレバーを操作していたんや"と。

今ではクレー放出はコンピューターで人の手を煩わせませんが、店長の説明ではその当時、手動でクレーを放出していた為、地下のクレー放出機と射台の後ろにある大きなレバーをつなぎ、射手がコールをすると
そのレバーをガチャンと押し込みクレーが放出されるという仕組みです。
先にレバーを起こして、コールを聞いてから押し込む。そう1回ごとにこのガチャンを繰り返すのです。
そして、クレー放出機の所にもクレーの方向を変えるため人が一人いたそうです。つまり機械は1台しかなく角度も
手で変えなければいけなかったのです。
いわばアメリカントラップの原型ですね。
手動式で射撃をしている写真が残っているはずと、のー君は言いますが、残念ながら今のところ写真はありません。当時10代だったのー君少年はわざとレバーのタイミングをはずしてみたり、クレー放出機のところでは
コールを聞きながら人によってクレー角度をきってみたり、まっすぐにしてみたり悪さをしたこともあったとか。
その後、射撃場が新しくなるにつれクレー放出機も近代化された物が導入され、現在に至っています。

DSC04895.jpg
これが店長の話す金閣寺射撃場の射台 昭和31年、つまり今から57年前にはありました
後ろに並ぶ車に目が行きます

国体2
年代は不明 おそらくクレー射撃の国体風景ではないかとのこと
パラソルに万国旗とイベントという感じはありますが、活動写真のようにこま切れで人が動きそうな雰囲気ですね

かめおか
亀岡にあった射撃場で射撃中の地元亀岡猟友会のみなさんの様子
この射撃場を知る人は今はおらず、この当時、おじいさんについていってわずかに記憶にある方のお話によると
昭和36年頃に地元有志によりアメリカントラップ射撃場として開設され、月に1・2回程度開場し府下の猟友会員の練習射撃や射撃大会が行われていた。しかし、約10年ほどで閉場となった
射撃場跡地には京都縦貫自動車道が通っています

弾
店長が言うには まだ昭和31年頃は国産装弾はなかった・・と 輸入装弾を使用し、すでにフェデラルもその頃
あったと言います その後間もなく国産装弾が販売されるようになり、写真の装弾箱の文字はぼやけていますが
MERCURY  K F C ハイペロシティー EXTRAなど見て取れます
25発の小箱は当時も紙製のものでしたが、大箱はちょっとちがったみたいです
今は段ボール箱を使っていますが、昔は木箱に入っていて、それから変更し、一斗缶に入れ段ボールで外装をしていたという時期もあったようです

2.5代目の要望で写真を入れ替えた為、先の《かつての射撃場》の記事を手直ししましたので併せてご覧ください。
2.5代目が保管しているたくさんの写真を借りることになりました。しばらくブログのネタ切れはなさそう。
その中でも私がどうしても欲しい写真が2枚あります。
その内の1枚は「あっと驚く為五郎」 あまり早く載せてしまうのももったいないしなあ・・・










ヘタクソクラブ7月例会
07/09(Tue) 13:14|例会comment(0)trackback(0)edit
今日は7月7日、七夕です。七夕
皆さんは何かお願い事されましたか? 私は毎年、同じお願いをしていますが未だ叶っていません。


天の川を見ながらナイター射撃でもできればよいのですが、日中は予想通り朝からグングン気温が上がり京都は35.4度だったそうです。
街中よりかは射撃場の方が少しは気温が低いだろうと、皆さんお集まりくださいました。
暑気払いに今日の抽選賞品はビールです。キーンと冷やして召し上がれ。

そこで、射撃開始早々ハプニング。
スキートを開始した矢先、前方の山肌に鹿が。それも見た方によると親子連れで7頭も。
私も受付で「鹿や!」の叫び声を聞き"どこに? 何が?" とわけがわからず見まわしていると誰かが指を指していた
方向にいました、いました。悠々たるものです。手元にカメラがなく、撮影できなくて残念。
山肌から木々の中へ鹿は入った後も"ピー ピー"しばらく鳴いていました。
私も40年近くこの射撃場へ来ていますが、鹿との遭遇は初めてでした。
スキートの競技中の人たちは思わぬ珍客にしばし射撃もストップ 鹿


今回はトラップOBとスキートで1位同点となりまして、OBはお二人の話し合いの結果じゃんけんで。
そしてスキートは初優勝をかけて競射をすることになりました。
トラップAクラスの1位2位の方はご高齢ですが、暑さなんかへっちゃら。ベテランの射撃テクニックは堂々たるものでした。
全クラスとも1位から3位まで点数はわずかの差で白熱の競技でした

トラップOBクラス 75点満点 
1位 小菅 64点 京都  2位 桂 64点 奈良  3位 森下 62点 福井

トラップAクラス 50点満点
1位 谷口恵 48点 京都  2位 武本 46点 京都  3位 細野 45点 京都

スキート 100点満点
1位 山田 85点 京都  2位 木村 85点 京都  3位 吉武 82点 京都

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スキート1位競射の山田さん 2枚命中で今シーズン初優勝

木村
スキート1位競射の木村さん。1枚命中で2位

杉山
"ワシの写真はあらへんのか?"と言われましたので、載せてお・き・マス

丸山1吉田
左 先輩と一緒に参加 射撃を終えると先輩からアドバイスをもらっていました
右 なるべく偏らず皆さんの写真を撮るようにしています

細野1
射撃だけでなく審判と記録も仲良くご夫婦で ご主人のお仕事の都合で久しぶりの参加です


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ヘタクソ・スキートマン両会長 "本当に暑いですなあ"
スキートマンクラブ会長は写真を撮るのはプロですので私の下手な写真は何ともおはずかしい
それでもニコニコ撮影に応じて下さいます 

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暑気払いということで今日の賞品は水もの、小川珈琲と会長賞は全員に鴨肉と鹿の缶詰でした
そしてお楽しみの抽選は5名の方にビールが当たります
こんなに暑いのでビールも冷えていたら尚いいのですが
HIROさんはさかんに"ビール飲まへん人は辞退してよ"と言っていたところ、見事大当たり!
"ヤッター 今日はこれが目的やったから"とスキップで大喜び
こんなに喜んで頂くとこちらまで嬉しくなります
表彰式最後にはスキートマンクラブ会長より7月15日は上野射撃場でスキートマンクラブ例会を行いますので
スキートをされる方はぜひお越しくださいとお誘いがありました

このヘタクソクラブのブログも定着しまして、大会翌日のアクセス数が増えており、ご覧頂いている皆様、ありがとうございます。
私どもからの情報発信のみならず、メンバーの皆さんとの交流の場として遠慮なく、ご意見、コメントなどお寄せください。
さて、来月8月は例年通りヘタクソクラブは夏休みとなります。
次回は9月1日日曜日です まだ残暑きびしい頃かと思いますが、ぜひお越しください。