北野天満宮
01/26(Sat) 14:58|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
昨日1月25日は初天神。「天神さん」と呼ばれている北野天満宮の恒例の市です。
1月・2月は受験シーズンでもあり、天神さんは大賑わい。
東寺の弘法さんが毎月21日で、両方とも1月は初弘法、初天神。12月は終い弘法、終い天神と呼ばれ
とりわけたくさんの人が訪れます。

さて、京都人がブログに書くことと言えば必ずといって「どこどこの何がおいしい」という
記事。我々は食べることにあまり関心がないので、また、商売にもかかわりがないので、あまり期待しないで
下さい。

今日の写真はどれにしようか? 二代目のカモ撃ちかな?
カモ撃ちが上手だったおじいさんの血筋か? 先代もカモ撃ちが上手でした。猟歴約60年。
様々な猟をしましたが、やはり、カモ撃ちが好き。昔は店長と二人であっちやこっちや猟にでかけたそうです。
四代目がカモ撃ちをし出してからは「どこ撃っとるんや。しっかり撃たんかい。」と次々とカモを取り逃がす
倅にゲキを飛ばしていました。四代目がまだカモ撃ち1年生の頃は見かねて「せっかくのチャンスやのに
見てられんわい。小さいのは撃たんでええから、大きいのだけねろたらええねん。お父さんが撃つから見とけよ!」とバサッとマガモを落とす。
「カモはな、落ちても腹ださへんかったら半矢(川で)やから、もぐったらわからんようになるし
しっかり目で追うとけよ」
毎年、数回しか猟には出ませんが、四代目もカモが惜しいらしく、親父に負けじと今年はしっかり撃ち落とし
てきました。四代目いわく「カモは羽が強い。当たってるんやと思うけど、落ちひん。せやし、当たってへんのかな? と思ってつい加減する。やっぱ、向こうからこっちへ向かってくる角度が一番むずかしいなあ」と
ようやく一人前になったかな?
おじいちゃんからのカモ撃ち猟は孫へ受け継がれています。
持ち帰ったカモの羽をむしるのは女性たちの仕事。
あの鳥のブツブツした肌が気色悪いと言う人も少なくありませんが
カモは特にこれがおいしいと思うのですが。
首がちぎれかけていたり、せっかくのいいお肉に散弾が入っていたり、撃ち落としたカモならでは。
後の処理が大変なので、羽がついたままの数羽は社長の友人がオーナーシェフをしているフレンチレストランへ。


こちらのシェフと社長は同級生でこの地に開店されて新しい、ご夫婦で営業している
評判のフレンチレストランです。北野天満宮東門前 RACINE ラシーヌ  水曜日定休。
特にシェフはジビエ料理に自信があり、普段はフランスから空輸された素材を使われるそうですが
自らも猟に出かけるという行動派です。
社長が持ち込んだカモは後日、美味しいテリーヌや煮込みにしてオーナー自ら「この間のカモ。食べてみて」と
お持ち下さいました。
カモ鍋やカモすきにしか知らない私たちはびっくりで、さすがにプロの手にかかると・・・これで
カモも成仏できるというもんだ。
シューター・ハンターの皆様、たまには奥様やお友達とご一緒に粋なフランス料理は如何でしょうか。 

DSC04356.jpg
カモ撃ちかな? キジ撃ちかな? 二代目は水平二連銃チャーチルを手にしています。
今にも鳥の羽音が聞こえてきそう。
随分昔の写真ですが、そんな古さを感じさせない不思議な写真です。
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年間スケジュール
01/21(Mon) 17:35|掲示板comment(0)trackback(0)edit
お待たせしました。
平成25年の年間スケジュールです。
昨年夏、豪雨で炭山から笠取へ通じる道が通行止めとなっておりましたが、一部まだ傷んでいる箇所が
ありながらも、通行可能となりましたのでお知らせします。通行される方は気をつけてお越し下さい。

DSC04393.jpg
今年も8回すべて笠取射撃場で行います。
ご参加お待ちしておりマ~ス!
テレビ取材
01/19(Sat) 17:30|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
前回のよもやま話で「八重の桜」のお話をしておりましたが、年明けから2件のマスコミ関連の取材依頼が舞い込み
社長もしっかり内容を聞いて2件ともOKの返事をし、先にNHKワンセグ放送「タクシードライバー 祇園太郎」と
いうものから。
何でも登場人物はこの主人公 祇園太郎に係わる人物が毎回変わるのですが、今回は山里のハンターが
取り上げられ、実際モデルとなる人が当店のお客様ということから紹介頂きました。
ただ、普通のドラマとは違います。登場人物などはすべて紙で作られた人形。それも2D、平面。
その人形の背景は実際の町の風景や建物を映すのです。
そこで、ハンターが銃砲火薬店で弾を調達するという設定で店の外側だけの撮影となりました。
さーて、どんな出来上がりになっているのか楽しみです。
我が家では小さな子供たちがおもしろがって見ています。

2件目の取材は商売に関わるフジテレビ「スーパーニュース」です。
最近、女性ハンターが増加しているとのことで、その密着取材中、当店へ立ち寄るという設定。
あらかじめ取材担当者の方と社長が打ち合わせをし、当日を迎えたのですが、
お客様はやはり店内に入ると銃の陳列に圧倒され、ショーウィンドに引き込まれていきます。
担当者は「すいません。まずはこちらのカウンターから撮影を」と。
お客様も応対する私たちも慣れないもので緊張しっぱなし。
普段なら会話が途切れることもないのですが、どうしても間があいてしまって。
女性ハンターについて突然、いくつかの質問を受け、社長が答えてくれると思いきや冷たい視線。
宇治金時に振られ、質問にとっさに答えるのは難しく就職活動の面接以来ドキドキしました。
射撃している方がよっぽど楽ですよ。
後で「社長が何で答えてくれなかったの!」と宇治金時が言うと、
「女性が主役やから、こっちも女性でええんとちがうの?」とかわされた。
こういう要領の良さは四代目の長所?
さて、今回の密着の主人公は滋賀県のハンター、お父さんと娘さんです。
娘さんは小さいころからお父さんと山へ入り、早く狩猟をしたくてしょうがなかったとのことです。
三人姉妹でいずれ三人揃ってお父さんと狩猟したいとおっしゃっていました。
滋賀県といえば、淀・初・江の浅井三姉妹のようですね、と言うと、取材担当者が
「その時はまた取材に来ますから」とおっしゃっていました。
ちょうどNHKで新島八重を取り上げているので、それに話題をひっかけようと思いましたが、
今回はフジテレビでしたので控えました。
何しろテレビは何かと気を遣います。
これを見た人が少しでも射撃や狩猟に興味をもってくれればありがたいのですが。
流行の登山に興じる「山ガール」ならぬクレー射撃に興じる女性「皿ガール?」 いまいちか。

最近はインターネットで情報を集めることができますが、やはり断片的なため、興味のある人がまず
訪れる場所が「銃砲店」となります。ここで「免許をとってみようかな」と「その気」にさせるのも我々の役目。
時には「今度の日曜日、私たち射撃場へ行っていますから、よかったらいらっしゃいませんか?」
と誘ってみたり、初めての方にはかなり時間を割いて説明をしています。
「銃砲店」はあちらこちらから情報が集まる「情報の交差点」 
その利点を最大限に活用し、お得意様へのサービスにつなげていきたいと思っています。


では、今日の小林銃砲火薬店のpicture of history です。
DSC04364.jpg
吉本新喜劇に出てきそうな、この店が二代目主人の頃の小林銃砲火薬店です。
「小林火薬銃砲店」という文字が見えます。三代目の時に店が手狭になり、
昭和40年代に移転も考えたそうですが、運よく店の両隣りの土地が購入でき、元の店舗兼住居
の部分すべてを店舗に拡張し、今に至っています。
初代主人の頃は戦前で、現在の亀岡市から京都市内に出て銃砲店を創業しました。
その時は現在地より少し北の場所でした。80年余り前のことです。
創業地は先代の仕事場として今も使っています。ご先祖さまに感謝。
店は千本通と下立売通の角に位置し、写真は千本通から撮影しています。
平安時代の朱雀大路にあたると言われる千本通はかつて市電も通り、京都では新京極に並んで賑わった
ところでした。平安時代は大極殿として、そして北東には豊臣秀吉が聚楽第を築いたという
歴史ある土地柄。小林銃砲火薬店は今も昔も変わらぬ千本通のランドマークです。
京都駅でタクシーに乗り「千本通のてっぽう屋まで」と言うと玄関前に止めてくれます。
「小林」までは覚えていなくても通り沿いにてっぽう屋があることはご存知のようで。





小林銃砲火薬店の今・・
01/18(Fri) 13:17|よもやま話comment(0)trackback(0)edit
お正月は人の出入りが多く、ようやく落ち着いてきました。
昨年1月1日より小林銃砲火薬店は四代目に継承されました。
先代も後期高齢者の仲間入りということで、元気な内に事業だけでもスムーズに引き継いでおく方が
お客様にも従業員にも迷惑がかからないであろうという親心でございました。
お陰様で四代目は不慣れながらも何とか無難に一年を終えることができました。

既に猟銃所持者の方は銃刀法の規制が強化され、うんざりという方も多いと思いますが、我々、業者は
元々、役所などの規制・監督の下、この商売をさせてもらっているという感覚でしょうか。
まさに「法令遵守」が絶対的なものとなります。
銃砲・火薬の各販売許可を得ればすべての業務ができるかと言えばそうではありません。
業務ごとに届け出などがあり、たとえば、修理は別途、武器等製造法の許可を、保管は保管業の届け出を
と細かく分かれていて、厳しい条件を課されます。
最近は店舗を構えない銃砲店もどきの所もありますが、マーケットの小さいこの業界で店舗を構える銃砲火薬店は数の増減も少なく、今では老夫婦が年金暮らしをしながら銃砲火薬店を経営している形態が多く、従業員を置いている銃砲火薬店はほとんどが副業(テナント・マンション業など)をしながら経営という、まさに本業だけでは立ち行かない状況です。
巷の中小企業は「後継者不足」と言われていますが、我々の商売は将来、おそらく必要性が無くなり
(お客さんが減少して)消滅していくことと思います。

この一年「銃砲火薬店」の存在とは? 色々考えてみました。
並行輸入の方が安いから銃砲店では買わない、装弾は射撃場でも買えるから火薬店では買わない。など
現実は厳しいものですが、では逆に、銃砲火薬店が無かったらどうなるのか?
銃が故障したら、いちいち宅配便で修理屋へ送ることになる?
旅行に行くから留守の間、保管預かりをと思っても預かってくれるところがない。
うっかり更新手続きを忘れてしまい、もう一度許可を取り直すまで銃を預かってほしいが、警察に渡したら
廃銃になってしまう。
所持者が亡くなり、銃と装弾を引き上げてほしいけど、頼める所がない。
昔の猟銃が出てきたけれど、銃に関する知識を持ち合わせ、鑑定できる人がいない。
更新書類の書き方がわからない。パソコンが使えないから申請書類や技能講習の日程がわからない。
装弾を廃棄したいけど、遠方の火薬店までどうやって持ち込むの?
これらは我々の日常業務の一端です。
銃砲店って、ほんと、銃や火薬類の販売以外の業務の方が多いかも・・・
銃や火薬類をお買い上げ頂くお得意さまには当然の付随業務として行っておりますが、肝心の銃や装弾で
利益がでなければ、このようなその他の業務も縮小となってしまいます。

そして、何より並行品よりも銃砲火薬店の価格は高いという点にも。
輸入代理店から小売店へという流れから価格が高くなるのは勿論ですが、店舗を構えることによる固定費というのが大きいです。
これはどこの会社でも同じですが、まず、商品在庫。不動産にかかる経費・営業にかかる経費・更に知られていないのが火薬類を扱う火薬業は店舗とは別に貯蔵庫を所有しています(最近は借りる所が多いです)。
火薬類と言っても、実包の装薬原料から産業用火薬まで多種にわたります。
強固な貯蔵庫で保管するようになっているため、その費用が別にかかります。
当然、セキュリティーに関することも。

銃砲店よりも火薬店が少ないのはこの理由とあと、国家資格である「火薬類取扱保安責任者」と
いう資格を持つ者が最低2名必要となります。「危険物を扱う者としての社会的責務」を自覚するための
講習を定期的に受けます。
今のところ、私どもでは5名の有資格者がおりますので、業務への影響は皆無です。

と、銃砲火薬店の内情を少しお話したところで、この業界では「規制緩和」なんて夢のまた夢。
どんどん所持者が減少していく中、値段を安くしたところで、売り上げが上がるなんて、そんな次元の話ではなく
とにかく少しでも所持者を減らさないように、そして新たに所持する人を増やすよう努力しなければなりません。やはり底辺を大きくすることが業界活性化への方程式。

趣味にお金をかける、ということは昔からよく耳にする言葉で、これからは本当に銃が好きな人(クレー射撃・
狩猟)しか残らないのではないかと思います。そうなれば、たくさんの中から納得のいく商品を選べ、
色々相談できる銃砲火薬店は信頼の下に必要性を高めるのではないかと思っています。

この逆境の中、どう荒波に立ち向かっていくか四代目にかかっております。波に逆らうことなく、のまれることなく、うまく流れに乗っていけたらいいのですが。
まだ、38才の若造ですが、先代よりご贔屓の方からは息子のように可愛がってもらい、同世代の方からは
友達のように慕ってもらい、これからもビシバシ・・・しごいて下さい。打たれ強いのが持ち味?

ここで老婆心ながら猟銃の個人輸入についてお話を。
最近はインターネットの普及で海外のガンショップから直接、猟銃を輸入する方もあるようです。
しかしながら、海外と日本では銃の仕様が異なる場合もあり、中には海外仕様のまま日本に入ってきます。
当然、日本の銃刀法には不適合となると、所持した場合は所持者は全ての銃を離さなければならい事態も。また、所持する前であれば送り返すことになり、後で代金が返ってこないなどトラブルも。
正規代理品においてはまず、不適合品を販売することはありませんし、部品の供給はもとより、何かあった場合にはメーカー・代理店・小売店が連携して対応にあたりますので、責任の所在がはっきりしていて、ある意味、値段が高い分は≪安心料≫と良いようにとらえて頂ければと思います。

さて、前おきが長くなりましたが、ここからは柔らかいお話を。
自己紹介が遅れましたが、私、宇治金時と申します。銃砲火薬店でアルバイトから30年余り。
四代目のきょうだいにあたり、手っ取り早く言えばお目付け役です。どうぞよろしくお願いいたします。

昨年暮れ、同志社さんから「八重さんの銃が出てきまして」とご相談があり、公安委員会から
廃銃にして保管してくださいとのお話で、早速、加工に取り掛かり、NHK「八重の桜」の第一回放送と
同時に持ち主さまへお返しいたしました。
ちなみにメーカーはマーリンでした。詳しいことは私どもがお話する立場にはありませんし、
その内、展示をされる機会があるかと思います。
おそらく八重さんが使われていた銃のひとつでしょう。
皆さん、ドラマをご覧になりましたか? すごいですね。幕末に銃を構えるあんな勇ましい女性がいたなんて。
そして、時代ものといえば私は「火縄銃」しか知らなかったのですが、既にこの頃には輸入銃が入っていたことに
驚きました。

もうひとつこのドラマ「八重の桜」のこぼれ話を。
松平定敬役の歌舞伎俳優 中村隼人丈の父上はクレー射撃が大好きだった故 萬屋錦之介氏の甥で、30年前くらい前に少しクレー射撃をされていました。私どもにも何度か来られています。
錦之介氏は当時、萬屋シューティングクラブという会を持ち、チャリティー射撃会を主に京都と東京で開催されていました。当店三代目社長もお手伝いをしておりました。
小川家(本名)と小林家はかれこれ50年以上のお付き合いとなります。
先月も顔見世興行に出演中の隼人丈の伯父さんにお会いしてきたところです。
隼人丈はまだ若い俳優さんですが、父親譲りの今風の二枚目で、父上よりもやわらかい雰囲気が漂い、ただ今
人気上昇中です。ぜひ、応援してください。
また、佐川官兵衛役の中村獅童丈はお馴染みの歌舞伎俳優さんですが、こちらも錦之介氏の甥にあたり
私、宇治金時の個人的意見として・・・彼の猛々しいイメージはクレー射撃にピッタリ・・・だと思いません?
アプローチしてみよっか? 

DSC04355.jpg
これは二代目主人です。手に持っているのはWinchesterモデル12。
当時はまだ狭い店でしたが、所狭しと商品が並んでいます。宇治金時のおじいさんですが、
私が生まれたときには既に他界。写真でしか知りません。
とにかく何でも上手な人でスキーもするし、射撃では親子3人で
1954年の北海道国体へ出場し、鴨・きじを撃たせたら名人と言われていたようです。